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am 7:45
鶴見課長がフェイクヘアだという事実は、公然の秘密だ。
まだ30代後半の課長だが、若い頃から薄毛だったらしい。
本社採用された後、何ヶ所か支店を転勤して、本社に戻ってきたときには、別人になっていたという――毛髪量が。
『鶴見の奴、北海道で結婚したんだよ。それで……被ったんだろうなぁ。あ、これは秘密だぞぅ』
マーケティング部の蒲田部長が、去年の忘年会の3次会でポロリと溢した「秘密」は、翌日には「公然の秘密」になっていた。実際、課長のビフォアーアフターを知る者はほとんど居ないので、長らく河童や天狗みたいな懐疑的な扱いだった。むかーし目撃者は居たようだが、久しく目にした者は居ない、というアレだ。
だけど――伝説上の生き物は、実在した。もとい、噂は本当だった。
だって、ほんの5m先のデスクトップの向こうから、違和感たっぷりに地滑りした髪が、チラチラとこちらを窺っているのだ。
「課長、中央線で人身事故があって、皆から出社が遅れるかもしれないって連絡がありました」
「えっ、参ったなぁ」
参ったのは、私です。
朝から、何たるプレッシャー。しかも、室内には2人切り。この緊張感は、半端ない……。
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