20人が本棚に入れています
本棚に追加
鶴見課長が嫌な上司なら、こんなに悩むことはなかったと思う。
社内外に不自然な髪型を晒し、思いっ切り恥をかいてしまえばいい、と割り切れる。
だけど、課長は良い人なのだ。仕事も出来るし、部下の面倒見もいい。失敗しても一方的に責めたりしないし、変なオヤジギャグで場を凍らせたりもしない。大人の対応が出来る、穏やかな性格の人なのだ。
だから、彼のことを表立って悪く言う人はいない。
マーケティング部の女の子達は、彼女達の上司を引き合いに出して、『企画部は、上司に恵まれているわねぇ』と羨んでいた程だ。
だから、恐らく本人が気にしているであろうデリケートな部分で恥をかかせたくない。出来ることなら、そっとしておいてあげたい。
だから、皆が出社する前に、気付いて欲しいのに。
「あ、9:30から会議があったんだ。このネクタイじゃマズいなぁ」
えっ。会議?!
「社長もいらっしゃるんですか?」
「いや。でも第三部署は、部長以下が出席するよ。このネクタイはマズいなぁ……」
マズいのは、ネクタイだけじゃありません、課長。
頻りに胸のネクタイを気にする彼を見ながら、ますます焦りがつのる。
部長以下の会議ということは、広報部の堂門課長も居るということだ。あの「拡散屋」の異名で煙たがられている、お喋りオヤジが。
最初のコメントを投稿しよう!