Red lipstick

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 私は荷物をまとめ、外に出た。冷たい一陣(いちじん)の風が吹き、思わず吐息で手を温める。  車に乗り込みヒーターを付ける。徐々に車内が暖かくなっていくけれども発車する気にはなれない。  まるで寒空の池の中に居るようだ。冷たくて体が凍えそうで、目の前がぼやけて見えない。水中の水草に足をとられて今にも溺れそうだ。  私は思わずハンドルに覆いかぶさった。  車内にはヒーターの音だけが響く。  私は泣かない。ルビーのように泣けたら、と思う。でも昔のトラウマが邪魔をしてそれが出来ない。  泣いたら義父が鬼になる。物心ついた頃からそんな生活だった。ああ、なにが起こったかなんて思い出したくもない。 「君に、ここから抜け出すチャンスをあげたいんだ。俺と一緒に店を作り上げよう」  左の薬指に光るものをはめたジョンはボロボロの私に手を差し伸べた。顔が腫れ上がって、ポケットにはガムと十ドルしか持っていない私。ジョンはそんな私を家に連れて帰った。出迎えたマチルダは最初驚いた顔をしていたけれど彼女は直ぐに笑顔になり私をお風呂に案内してくれて、清潔な着替えまで用意してくれた。お風呂から上がると暖かい部屋に三皿のチリスープとパンとサラダが在った。  私は久しぶりに人が作った手料理を食べた。  三人で食べたあの日のチリスープの味は一生忘れない。  二人は家が私の住む場所が決まるまで居候させてくれた。よく、マチルダと一緒に料理をした。一度だけ三人で映画館で映画を観たっけ。  そして私のショーの出演が決まると彼女は成功しますようにと紅いリップスティックを贈ってくれた。
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