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1、俺の仕事は今日も今日とて終わらない。
東京・霞ヶ関の一角には風が吹くだけで建物全体が揺れて、今にも倒壊しそうなほどボロい五階建てのビルがある。
玄関前には『地方調停庁』という縦が一メートルほどある立派な木の看板が形ばかりに出ているのだが、字が掠れて注視しなければ、何が書かれているのかわからないため、初めて訪れる都道府県の全権だったり、職員は揃って首を傾げる。
中に入れば節電のため電気がついておらず館内全体が薄暗い印象を受ける。また人件費削減のため受付には衛視も警備員も事務員の姿も見当たらない。もはや、廃墟同然である。
夜とか無人の部屋で電話鳴ってたりすると超怖い。
そして、エレベーターもあってないようなもので、ずいぶん前に壊れてから修理をしておらず、今では電源すらいれずに壊れた当時のままの姿を今へと伝えている。
早く直せと誰もが思い、実際に行動を起こしている人間もいるのだろうが、いつ見てもなんら変わったように見えないあたり、やる気のなさというか予算のなさがいやでもわかってしまう。
そのうち、この建物自体もなくなりそう。
だから、ここを訪れた者は必ず階段を使って上の階へ向かうのだが、二階へと向かう階段のちょうど十二段目の右端は、老朽化で誰かが踏み抜いたのか床が抜けていて、職員のほとんど全員が知ってはいるのだが、見て見ぬ振りをしていて誰もそれを修理しようとはしない。
もちろん他の階段も軋んでいて、階段を上っている最中にぶっ壊れても誰一人として驚きはしないだろう。
そんなビルの三階。
パイプ椅子と折り畳み会議用テーブルがならんだ公民館のような会議室に俺と一人の女性がいた。
時間はもうじき十時になろうかとしているところで、薄くオレンジがかったの黒髪の女性の向かいの席――俺から見れば右側の空席に人が来る気配はない。
「…………」
「…………」
静寂そのものの会議室に着々と十時へと迫っている秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。
十時まではあと三十秒、二十秒、十秒……。
だと言うのに、外からは慌てて階段を駆け上がる音どころか、ネズミ一匹の足音すらしない。
そして――秒針は十二を指し示して十時ジャストになった。
時間になったので俺は軽く嘆息して空席の方へと視線を向けてから、司会進行のために口を開いた。
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