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時刻は11時を回った。片付けも終えて僕は屋上に来ていた。
さすがに事務所内でタバコは吸えないし──そもそも滅多に吸うわけではないけれど、今日はなんとなく、ね。
雪がちらつく屋上で、一本つけるというのも、オツなもんじゃないか。
「……」
柵にもたれかかって紫煙をくゆらせていると、もう一人の来客があった。
「邪魔するよ」
大家さんだ。自前のキセルを持って、僕の隣にやってきた。
「渋いですね。キセルって」
「アタシゃ若いころからずっとコレだよ」
並んで白い煙を吐き出す。
「失踪事件の時はお世話になりました」
改めてお礼を言う。それだけじゃない。人混みの時だって、神米がなかったらどうなっていたか分からない。
「なんだい水くさいね、そういうこと言われるガラじゃないよ」
僕は柵を背に、大家さんは柵に腕を乗せてもたれかかる。
「助かってるのは事実ですから」
くわえタバコで、にっ。と笑って見せる。
「不思議な人だねえアンタも。普段は頼りなくてひょうひょうとしてるのに、ここぞって時はとんでもない力を発揮するじゃないか」
「買いかぶりです。僕はちょっとだけ人の嘘が分かる、三流探偵ですよ」
大家さんはふっ。と笑うと煙を吐き出した。
「……久しぶりに楽しいクリスマスだったさね」
「そうですね、こちらこそおかげさまで」
「……せっかくのクリスマスだっていうのに、邪魔して悪かったね」
本当ですよ、全く。なんて言葉を口にするほど野暮じゃない。
「僕らにとっては普段通りです」
少しの沈黙。
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