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2019.0905
異様な事件の話はすぐに刑事の中でも広がった。
堺はまるでマスコミにでも囲まれるように刑事たちの質問攻めにあった。
ベテラン刑事たちですら、中学生のように目を輝かせている。
どんな犯罪にも飽き飽きしている彼らがここまで一つの事件に興味を示すのは珍しい。
一方、木村は物思いに沈んだ様子で、明らかに話しかけられる気配では無かった。
まぁ普段から、署内に望んで木村と話す人間なんていないのだが。
野次馬は堺にばかり集中した。
事件の処理がたてこんだ上に止まない質問に午前中でもう堺は疲れ果てた。
この野次馬たちにあの死臭を浴びせかけてやりたいとまで思うにいたっていたが、なんとか愛想よく説明している。
現場の写真をみた若い刑事は「エロゲ―」みたいだと呟いた。
「なに、ゲームだとこんなんあんのか?」
ベテラン刑事が興味津々に反応する。。
名前ということはこういう会話からいつの間にか生まれてくるものである。
数時間後には事件は裏の呼称は「エロゲー事件」になっていた。
昼、堺が隠れるようにして、なんとか人のいない休憩室で弁当を広げると、原里美がソレを見つけて入ってきた。
女はアーモンド形のパッチリした目で、若いくせに物怖じしない様子で口を聞く。
「私もここで食べようと思ってて。一緒にいいですか?」
「あぁいいよ」
堺は和やかに返したが、内心はこの女を警戒していた。
小さい輪郭の中に整った目筋鼻筋が内包した女。
仕事もそつが無く、他の女警官にありがちな無駄に男に媚びる性質もはない。
が、どこか常に人を試しているような気配がして堺には気に食わない。
いや、気に食わない、というより、種のリスクに感じるのだ。
里美は微笑むと、堺の前に座った。
「愛妻弁当ですか?」
「結婚してないよ」
「えっご自分で作られるんですか?」
「そうだよ」
「へぇ」
「お前のは?」
「私のも自前です」
里美は肉じゃがを食べながらニコっと笑う。
「例の事件の死体、お腹溶けて精液がいっぱいだったんですよねぇ」
唐突に女からそんなことを聞かれて、堺は戸惑った。
動揺を悟られぬように、すぐに平然を装って答える。
「そうだよ」
「その場合中から出されたのか、外のが入って固まったのか、分かるんですかねぇ?」
「どうだろうな。専門家に聞いてみねぇと」
何故里美がそんなことに興味を示すのか。むしろ堺はそう問いたかった。
里美の表情。この子ですら、さっき堺を取り囲んだ刑事たちに近い顔をしている。
{興奮? 好奇心? 希望? 欲情?}
女でも、こういう事件には興味がわくものなのだろうか? いや女の方がわくのか。
「ひどい事件ですね。どんな気分なんでしょう」
「誰が?」
「いえ、その……」
そこでカタンと扉が開く音が鳴り、木村が部屋に入って来た。
里美と堺は軽く頭を下げ、木村に挨拶をする。
部屋の中から会話は消える。
木村はコンビニ袋からパンを取り、缶コーヒーを飲みながら黙々と食べる。
携帯を弄ることも、テレビを見る事もない。
視線は机に張り付き一点をボォッと睨みながら、自分の手にあるパンとコーヒーに食らいつき、工場の作業のように食事を済ます。
そして、先に入った堺たちよりも随分早く、部屋を出ていく。
木村が出て行ったあと、堺はふっと緊張が解けるのを感じる。里美も小さく息を吐く。
木村はいるだけで、周りを緊張させる。
10年くらい前までは鬼だったが、最近は誰かを怒鳴りつけたりすることもない。
ただ、凄みというものか、陰鬱と言うべきか。
特殊な気配が年々深くなっていき、木村の周りには人が寄らなくなった。
里美は何も言わなかったが、堺を覗いて少し目を丸くして頷き、堺に(鬼が去ったね)と示した。
ここで直接的に木村の愚痴をこぼすような馬鹿な女性ではないが、何もしない生真面目なタイプとも違うらしい。
堺は肩を竦めて頷いた。
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