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首に何か巻くと締まる感じがして好きじゃないと言っていた彼氏がある日のデートでマフラーをしてきた。
それは誰かの手編みに見えなくもないもので、一瞬にして心が凍る。
「マフラーしない主義だったよね。それ…誰かからもらったの?」
その質問に彼は驚いて、慌てて首を振った。
「いやこれ、さっき古着屋で一番安いやつを買ったんだよ。あんまり寒いから我慢できなかった」
彼が言った通り、今日は寒風が強くてマフラーをしていても自然に肩をすくめてしまうくらいだった。
彼の言葉に嘘はないようだったけれど、私はやはりどこか不満だった。
(首が苦しくなるのは嫌いだからって、私のプレゼントしたマフラーは一度もしてくれたことがないのに)
人がオセロのようにその場で意見を変えるのを、私は何度も見てきた。そして、そういう相手を見ると自然に嫌悪感が湧く。
目の前の人も恋愛感情を失ったら、これまでの人と同じように興味を失っちゃうんだろうか。
そう思うと寂しい気もしたし、彼を惑わしたマフラーが憎くも見えた。
夜は鍋でもしようと材料を買って帰宅すると、マフラーをとった彼氏の首にうっすら赤いアザが浮かんでいるのが目に入った。
「ね、首が赤くなってるよ。痛くないの?」
「え?」
首に手を当てながら鏡を覗くと、彼もその赤い縄のような跡に驚いている。
一瞬マフラーをしたのはその跡を隠すためだったのかと思ったけれど、そうじゃないみたいだ。
「気味悪いなあ…別に痛くも痒くもないのに」
首をなぞりながら眉間に皺を寄せる。
それでも困るような違和感もないせいか、彼はすぐに別の話題に話しを移した。
食事を終えて、私たちはソファでスマホゲームなどをしていた。
ふと横を見ると、彼がスマホを持ったままうたた寝している。
(すぐ寝るとよくないけど……疲れてるんだろうな)
「あれ?」
毛布をかけてあげようと席を立つと、首のアザが夕方に見た時よりもっと濃くなっている。
お酒を飲んだわけでもないのに……と、私の胸に不安がよぎる。
(やだな、悪い病気だったりしたらどうしよう)
毛布をかけた後、眠る彼の首を時間をかけて優しく撫でてやった。
すると、不思議にそのアザは次第に淡くなって……やがて消えた。
不思議な事だったけれど、私にとってはふに落ちるところがあった。
今までうんざりするような裏切りを受けてきた私が、その疑いを超えて相手を失うことを恐れたのは初めてだったからだ。
(彼の首にアザを作ってしまったのは…私の嫉妬なのかもしれない)
そう思うと、彼が最安で買ったと言ったマフラーも温もりを与える優しい存在に見えてくるのだった……
Fin.
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