2人が本棚に入れています
本棚に追加
公園にはまだ木々の葉が色づいている。近頃は年の瀬といえども温かいことが多い。一日の務めを終え、彼は歩いて僕は自転車を押しながら寄り添っていた。何も言わなかったけれど、どこに行くかはお互い分かっていた。
「じゃあ俺、車取ってくるんで。」
「わかった。」
数百メートルほどの距離を独りで歩く。車なんて取ってこなくていいのにと思う。自動ドアの前でほんの十数秒、彼を待った。
「お待たせしました。」
店に入ると、飲料とおにぎりの棚を物色し始める。この前はアイスクリームだった。僕は飲むヨーグルト、彼はイチゴ味のカルピスを手に取ると、一緒にレジに並んだ。
「おでんもお願いします。」
「かしこまりました。」
肉まんの保温器の横にあるおでんコーナーを覗き込んで、具を選んだ。
「えっと、じゃあ大根とウインナー巻きで。」
「僕は、玉子とこんにゃくで。」
「汁はどのくらい入れましょうか。」
「汁どうする?あ、どうします?」
「半分ぐらいで。」
先輩に向かってどうするなんて言っちゃった、とはにかむ彼を横目に僕は辛子の小袋を調達した。
店を出ると、仕事終わりよりもさらに冷え込んだ気がする。
僕はいつものように、彼の車の助手席に乗り込んだ。
「ああ、これがさっき旅行の時に買ったタオル?」
「触らんどってください。」
助手席にかかったピンクのクマがプリントされたタオルをペタペタ触っていると、すかさず一声が入る。
「ああ、ごめんね。」
確かに、人の車の中のものをペタペタ触るのはデリカシーに反するかなと内心反省した。
「ふふ、別にいいですよ。」
本当に怒られたかなと心配する僕の気とは裏腹に、彼は面白そうにニヤニヤ笑っている。
「はい、どうぞ。」
最初に来た時、器は分けなくていいだろうと彼が言った。今日もいつも通り、一つの容器から二人の箸でおでんをつつく。
「ほら、先輩玉子食べるときいっつも汚くなるから。」
「ごめんごめん。」
彼の言う通り、汁全体に玉子の黄身が溶け出している。
「もう、食べたくないっすよ。」
「ごめんって。先に食べてよ。」
「いや、もういいです。食べましょう。」
僕の手の甲がガッと彼の方に当たった。
「あ、ごめんね。」
彼は何も言わなかった。
少し気まずいなと感じていたのは僕だけだったろうか。彼は何も思ってはないのだろうか。
「明日は忙しいですか?」
「いや、そこまでは忙しくないよ。ちょっと実験するだけ。」
「マジすか。俺、一限からありますわ。」
「そうなんだ。早く帰らないとね。」
「ほんとっすよ。明日も早いのに先輩なんかとおでん食っとるなんて最悪だわ。」
きっと今の彼の顔はすごくニコニコしているんだろう。
僕が自分の道を変える間も彼の車を見送り続けた。車が見えなくなってからも、心の中で追い続けた。
いつもの夜が終わっただけだった。それでも、そのいつもの夜がどれだけ特別だったことだろうか。一人で歩く数百メートル、店の前で待った数十秒、車の中で過ごした十数分間のなんと幸福なことだったろうか。
泣けることなら泣いてしまいたいと思いながら、僕は帰り着いた。
最初のコメントを投稿しよう!