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哀愁を漂わせる男
六月初頭。午後六時過ぎ。一時間前から降り出した雨は、私のお気に入りの真っ赤な傘を、容赦なく濡らしていった。傘越しの空は、綺麗な深緋に染められて、幾度となく大粒の雨を降らしていった。
思わず、私の白い手で雨粒の質を確かめてしまう。ぴちゃっ、と張り付くような音を奏で、手のひらに水たまりをつくる。目線を下げると、制服の端が、湿っている。
私はひとつ、ため息をこぼした。顔のまわりに、生ぬるい空気が漂った。あまりにも大きくため息をついたので、息苦しくなった。今吐いた分以上の気体を吸い込む。決して強くはないが弱くもない雨の、湿った空気を、肺に入れれば体の奥が冷たくなった。
一気に頭が冷えた。ぼんやりとしていた視界は、輪郭をはっきりさせ、辺りの情景を瞳に写した。
見覚えのない風景が真っ先に飛び込んできて、思わず後ろを振り返った。細い道路に沿う背の低い木が、ずらりと並んでいる見知らぬ道。右側には、小さな公園。錆びついた遊具がいくつかあり、こんな雨なので、子どもなんていなかった。古ぼけた雰囲気が漂う。
目を凝らせば、銀色に光る時計が場違いに、しかし堂々と立っていた。雨は輝く銀を吸い込み、辺りを鉛色に染めた。より、光沢を目立たせる。独特の魅力に、私は惹きつけられた。
公園に、足を入れる。水分を持て余した砂が、ぐにゃりと歪む。慣れない感触に顔を歪ませ、辺りを見回すと、あの時計の側に小さな薄汚れたベンチが置いてあった。
男が一人、座っていた。男は、長い足をだるそうに伸ばし、片手には短くなった煙草が握られている。幾度か煙草に口をつけ、ため息のように吐き出すと、近くにあった灰皿に押し付けた。煙草の具が、酷く飛び出すように潰れる。
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