哀愁を漂わせる男

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  骨ばった長い手先で、スーツのポケットから真新しい煙草を一本出した。ライターを光らせながら、火をつけ、薄い唇で咥えた。新しい煙草は、病人のように白い指でだるそうにしている。  濡れるような瞳、しなやかに伸びる手足に、色気を纏う唇。その全てに私は惹かれ、見入ってしまう。それなのに、落ちぶれたろくでなしのような顔をしていて、だけどどうしようもなく官能的な人だった。雨越しに見た男は、空から降る雫のせいで、泣いているように見えた。濁った煙が、雨に消えていく。  私は、目をそらそうとした。これ以上、この人を見ていると、だめになる。子どもながらに、本能が悲鳴を上げたのを感じた 。だが暗闇の中でさまよう、哀愁に満ちた瞳を持ち合わせた男が、あまりにも色っぽくてそれが出来ない。瞬きすら、惜しくなってしまうのだ。 「何見てるんだ、お嬢ちゃん」 男は、低い、甘い声を響かせた。地面の底から聞こえるようだった。反射的に肩が上がる。目を合わせれば吸い込まれそうで、私は咄嗟に下を向いて、黙り込んでしまった。  なにか言わなければ、と思考を働かせるのだが、頭が真っ白になっていて出来なかった。鼓膜にまとわりつくような声が何度も聞こえてくる。くすぐったかった。  男は、乾いた声で笑う。なのに、色っぽい吐息にも聞こえた。驚いて顔を上げると、男の瞳の奥が、暗く深まった気がする。    私は、何かおかしなものを見ているように、笑い続けるこの男に、首を傾げた。相変わらず、傘地は雨を弾いている。骨ばった部分から、加速して雫が垂れる。傾いて下に垂れた傘の反対側から、雨が振り込んでくる。
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