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「こんにちは!」
「今日も早いね! 祈梨、私達もこれから早める?」
その時、南方と楠原が入ってきた。彼女達は、夏らしいスカートをはいている。
僕は見とれそうになったが、その前に驚いた。
これまでの間、高校生の頃も含めて、僕は彼女達に、このように明るく声をかけられた事が一度も無いからだ。驚いて硬直した僕は――それから、首を傾げた。二人は、僕を見ていない。僕の隣の空席を、何故なのかじっと見ている。え?
困惑している僕の前で、彼女達は移動し、それぞれの定位置に座った。
そして……僕の座るテーブルの方を見た。僕ではなく、テーブルの『方角』だ。
「火朽くんって、他の大学から来たんでしょう?」
「そっちには、カノジョとかいたの?」
「ちょ、ちょっと、まほろ! 何を聞いちゃってるの!」
「だ、だって……祈梨も気になるよね?」
「それは、まぁ」
「あ、火朽くんも良かったら、私の事は、南方じゃなくて、まほろって呼んでね!」
「私の事も、祈梨で良いから!」
二人は、非常に楽しそうに話している。
……僕の隣の、空席に向かって。
呆気にとられた。彼女達は、一体何をしているのだろうか?
そう考えていると、続いて日之出くんが入ってきた。今日も長い髪が揺れている。
そして……彼もまた、僕の隣の空席を見た。
「やぁ、火朽くん。君は、いつ見ても好青年だねぇ」
古めかしい口調を取り繕っている日之出くんは、いつも通りだ。
しかし、いつもとは異なり、僕の隣に現れた椅子には……誰もいない。
改めてそちらを見て、僕は思わず半眼になった。
宮永と時岡という、ゼミの残りの男子二名が入ってきたのは、その時の事である。
「よぉ、火朽! 先週話した通り、今日は宮永のバイト先に、飲みに行こうな!」
「俺、今日は休みだからさ。いやぁ、二限に声かけといて良かったよ」
「ま、ゼミが終わったら、先に教授室でまったりしてからだな」
入ってきた二人は、やはり僕の横の空席に向かい、笑顔で話しかけている。
黙っているのは、僕ばかりだ。
まるでそこに人気者――例えば、双子の兄の絆が座っているかのごとく、僕以外の五人は、かわるがわる何かを喋っている。取り合うかのごとく、皆が話している。空席に向かって……。
僕には、何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。
全員が、もしかして、僕をからかっているのだろうか?
確かに僕はぼっちだが、これまでにこういった事は無かった。
その時、チャイムの音がして、夏瑪先生が入ってきた。
扉が閉まると、全員が静かになる。これから出席チェックとして名前を呼ばれるからだ。
「ごきげんよう、諸君。今週も出席確認から始めよう」
夏瑪先生は、笑み混じりにそう告げると、僕の隣に座った。
定位置だ。空席の方では無い。
普段通りの先生を見て、僕はホッとした。
――しかし。
「火朽桔音くん」
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