……玲瓏院の一族……

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 響いた声に、僕は唖然とした。え? 誰それ。  見渡してみるが、室内にはいつものメンバーしかいない。  先程まで確かにみんなは、名前だけは先週くらいから耳にするようになった、『火朽』という人に対して、どこにもいないのに声をかけてはいたが、うん、どこにもいないよ! 「楠原祈梨さん」  けれど、まるで誰かが返事をしたかのような間を置いてから、先生が続けて出席確認を始めた。あいうえお順からなる学籍番号順であるから、ここからはいつも通りだった。 「南方まほろさん」 「時岡悟史くん」 「日之出渉夢くん」 「宮永秋生くん」 「玲瓏院紬くん」  最後に名前を呼ばれた僕は、狼狽えながらも、必死で返事をした。 「今日も七名、全員に会えて私は嬉しいよ」  すると、確認を終えた、夏瑪先生が言った。僕は呆然とした。どう考えても、先週までは六名だったからだ。先生自身の事を数えているとも思えない。 「本日の発表者は、宮永くんだったね。それでは、講義を開始しよう」  その後、宮永による発表が始まった。狐につままれたような気分のままで、僕の頭にはさっぱり入ってこない。状況が、まるで理解できなかった。  ディスカッションの時も、みんなは、教室に『火朽桔音』という人物が存在しているかのように、討論を交わしていた。夏瑪先生も含めてだ。時折無言の時間があると、みんなは僕の横の空席を注視し、そしてさも誰かが話し終えた風に頷き、時には質問などをしている。  こうして、何一つ頭に入ってこないまま、僕はその日のゼミを終えた。  みんなで和気藹藹と、教授室に行く話になっている。  夏瑪先生に声をかけてもらったので、僕も向かう事にした。  なんだか怖い。みんなで僕をからかっているとしか思えない。  きっと教授室で、ネタばらしがある事だろう。彼らは僕をモニタリングして、遊んでいたのだと思う。いいや、先生まで一緒なのだから、何かの実験だったのかもしれない。  そう考えながら、僕はみんなよりも早く教授室へと向かった。  大体の場合、最初に入室した者が、お茶の用意をする事になっている。  鍵を開けてくれる先生は、別としてだ。  普段であれば面倒だから、わざと遅れて入室するのだが、僕は真っ先に入り、奥の給水スペースへと向かう。そして、グラスを七つ用意した。僕が知るゼミのメンバー六人と先生の分だ。  ……当然、僕には見えない火朽という人物のグラスを、僕は用意したりはしない。  だって、絶対からかわれていると思っていたのだから。  お盆に乗せて、みんながテーブルを囲んで座るソファの方へと戻る。  僕は最初に先生へと麦茶のグラスを差し出してから、それぞれの前に配っていった。  ここのソファにも定位置がある。  この教授室のソファでは、僕は二人がけのソファにいつも一人で座っている。  だから最後に、自分のグラスを手にして、盆をテーブルの上に置き、静かに座った。  すると――室内に、奇妙な沈黙が流れた。 「あ、ああ! 玲瓏院くんも、たまには、グラスの数を間違えたりもするよね!」 「そ、そうだね、まほろ! 私持ってくる!」  声を上げたのは、女子二人だった。  彼女達は、僕が見守っていると、給水スペースの方に消えた。  そしてすぐに新しいグラスを……僕の隣に置いた。誰も座っていないのに……。 「……」  ネタばらしの気配は、無い。僕は思わず、夏瑪先生を見た。  しかし先生は、いつもと同じ表情で、悠然と微笑んでいる。  他のみんなは、討論時と同じように、僕の横の空席を見ながら、雑談をしている。  さも、『火朽』という人物がそこに、座っているかのように。  何も言葉が見つからない。  僕は、気まずさを覚えて、席を立った。
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