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帰り道、僕は疲れきった気分だったので、誰にも会いたく無かった。
だからバスにも乗らず、たまにはと思って、時間をかけて歩いて帰る事にした。
僕には、どう思い出してみても、どこにも、火朽桔音なる人物がいたようには思えない。
確かに、先週くらいから、その名前だけは耳にしてはいた。
だが、同じゼミには、そんな人物はいなかったはずだし、実際に今日だっていなかった。
「はぁ……」
思わず溜息をついた僕は、久しぶりに、藍円寺にでも遊びに行こうかと考える。
住職の享夜さんは、僕にとってある意味、兄のような存在だ。
もっとも実の兄もいるし、若すぎる父も兄のような感覚だが。
「ん?」
そう考えて歩いていると――ふと、看板が目に入った。
cafe絢樫&マッサージと書いてある。
享夜さんは、昔からマッサージが好きで、よく、僕の祖父にも肩もみを頼んでいる。彼は、僕の祖父の弟子らしい。お寺の仕事よりも、除霊のバイトというオカルトを生業にしている享夜さんは、極度の肩こりにいつも悩まされているそうだ。
――まぁ、それだけ、多忙なのだろう。
芸能人の絆とは違った意味で、享夜さんもお祓いのバイト三昧らしいから、連絡なしに僕が行くと、不在の事も多い。そう考えながら、僕は立ち止まった。
疲れているし、遊んで気晴らしするよりも、僕も享夜さんのように、マッサージにでも行ってみようかな。親戚だから、享夜さんは僕に気を遣わずに話をしてくれるし、普段は話しているだけで、気分が楽になる。
だけど、今の僕の気分の急降下には、会話よりもマッサージのような、いつもとは全く違う事の方が、効果があるかも知れない。
そう考えて、僕はそのお店に入ってみる事に決めた。
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