……玲瓏院の一族……

13/20
前へ
/111ページ
次へ
 帰り道、僕は疲れきった気分だったので、誰にも会いたく無かった。  だからバスにも乗らず、たまにはと思って、時間をかけて歩いて帰る事にした。  僕には、どう思い出してみても、どこにも、火朽桔音なる人物がいたようには思えない。  確かに、先週くらいから、その名前だけは耳にしてはいた。  だが、同じゼミには、そんな人物はいなかったはずだし、実際に今日だっていなかった。 「はぁ……」  思わず溜息をついた僕は、久しぶりに、藍円寺にでも遊びに行こうかと考える。  住職の享夜さんは、僕にとってある意味、兄のような存在だ。  もっとも実の兄もいるし、若すぎる父も兄のような感覚だが。 「ん?」  そう考えて歩いていると――ふと、看板が目に入った。  cafe絢樫&マッサージと書いてある。  享夜さんは、昔からマッサージが好きで、よく、僕の祖父にも肩もみを頼んでいる。彼は、僕の祖父の弟子らしい。お寺の仕事よりも、除霊のバイトというオカルトを生業にしている享夜さんは、極度の肩こりにいつも悩まされているそうだ。  ――まぁ、それだけ、多忙なのだろう。  芸能人の絆とは違った意味で、享夜さんもお祓いのバイト三昧らしいから、連絡なしに僕が行くと、不在の事も多い。そう考えながら、僕は立ち止まった。  疲れているし、遊んで気晴らしするよりも、僕も享夜さんのように、マッサージにでも行ってみようかな。親戚だから、享夜さんは僕に気を遣わずに話をしてくれるし、普段は話しているだけで、気分が楽になる。  だけど、今の僕の気分の急降下には、会話よりもマッサージのような、いつもとは全く違う事の方が、効果があるかも知れない。  そう考えて、僕はそのお店に入ってみる事に決めた。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加