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本日も、思わず溜息が出た。今週も、みんなによる『火朽くん』なる人物がいると想定した、僕への実験あるいはイジメが続いているらしい……。
先生まで止めてはくれない。
バス停で立ち止まり、暗記している時刻表を思い出しながら、僕は肩を落とした。
先週と同じように、今週も、ゼミの教室にはいつものメンバーしかいないというのに、全員が『火朽くん』と呼びかけていた。意味不明すぎる。その後、先程までいた教授室においては、僕が火朽くんにお茶を出していないと責められた……そう言われても、いない人にはグラスを用意できない。
僕も、火朽くんがいるという設定で、生きていくべきなのかな?
明日から、無駄に、「火朽くん、おはよう」だのと、誰もいない空間に声をかけるべき?
ぐるぐると悩みながら、到着したバスに乗り込み、僕は帰宅した。
精神的に疲弊していたので、この日は早く眠る事にした。
明日は一限だし、朝も早い。
そうして眠りにつき、翌朝も僕は大学へと向かった。
今日のこの時間帯は、仏教学科の全体必修とかぶるから、降りたターミナルは混んでいたけれど、僕が取っている講義には、いつも教授と僕しかいない。履修者は多いみたいだけど、出席者は僕だけなのだ。
十一号館のエレベーターホールで、どうせ今日も一人なのだろうなと考えながら、僕はボタンに手を伸ばそうとした。すると、触れる前に、『▲』ボタンが点灯した。あれ? 先週も勝手に扉が開いたりしたし、このエレベーターは、もしかすると壊れているのかもしれない。即ち、危険物だ。
「気味が悪い。危ない空間に、自分から進む気にはならない」
僕は呟いてから、階段を目指す事にした。この霊泉学園大学は、古めかしい部分も多いのだ。うっかりエレベーターが故障でもしたら困る。
余裕を持って家を出たので、無事に講義には間に合った。禿頭の鳴海先生と僕以外誰もいない教室に入り、僕は後ろの方の窓際に座った。
最初は、兄のロケに無理矢理朝まで付き合わされて、徹夜のままに暇が出来たから、何気なく講義に出てみたのだが――結果、僕以外の学生がいなくて、僕を見たら先生が嬉しそうな顔をしたものだから、心が痛くて、それ以来きちんと僕は出ている。それに話をしっかり聞いてみたら、この講義はとても面白かった。
こうして講義が始まったので、僕は前を向いた。
そして、不思議な事に気がついた。
いつも先生は、僕を見るか黒板を見るだけなのに、今日は――僕と同じ列の扉側も、時折見るのだ。先週は眠かったからどうだったか覚えていないが、今日は確実に見ている。
何かあるのだろうか? 首を傾げて、僕もそちらを見てみた。
しかし、何もない。
気のせいだと考え直して、僕も授業に集中し直した。
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