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こうして冷麺を食べていると――非常に珍しい事に、僕の隣に人が座った。
顔を上げると、そこには時岡が立っていた。
「玲瓏院、隣、いいか?」
「うん」
宮永の姿はない。しかしこれまでに、宮永がいない場合であっても、時岡が僕の横に座った事など一度もない。首を傾げつつも、僕は彼がカレーうどんを置きながら座るのを見ていた。
「昨日の事だけどさ」
「昨日?」
「火朽の事だ」
その言葉に、僕は思わず目を細めた。確かに、昨日のゼミでもいるかのように扱われていた。思えば、時岡も僕をからかっている一人なのだ。
「ほ、ほら。春から来た、編入生の」
「編入生の話なんて聞きたくないよ」
だって、そんな人はいないのだから。第一もう、六月に入って数日が経つ。編入生が存在していたなら、僕だってとっくに知っているに決まってい。
「……あ、えっと、何かあったのか?」
「何かって?」
「さ、さっきの授業で、玲瓏院が珍しく乱暴だったから」
それを聞いて、僕は話が変わったのだと判断した。きっと僕が不機嫌そうな顔をしているから、編入生云々から話を変えたのだろう。二限には、時岡も出ていたから、思い返すに――蚊子を叩き払った事だろうか?
「僕、大っ嫌いなんだよね。視界に入るだけで苛立つっていうのかな」
「そ、そこまで? なんで?」
「理由なんかないよ。生理的に無理なんだ」
「ほ、ほう」
心なしか、時岡の笑みがこわばった。しかし、蚊子を嫌いな理由なんて、特にない。
それとも時岡は、虫を愛していたりするのだろうか?
蚊子にも命があると考えるタイプだったのだろうか?
「アレを好きな時岡と、僕が分かり合える日はこないと思う。どこがいいの? 好感を持ったことが一度もないけど」
僕が率直に伝えると、時岡の顔がみるみるひきつっていった。
「僕は存在が許せない」
「理由は、ないんだよな? それに」
「うん。ただ嫌いなだけだよ」
その後、僕らはそれぞれ食事を取った。しかしもう、時岡は何も言わなかった。
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