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その後――僕の、それまでは平々凡々(?)ではないかもしれないが、穏やかだった大学生活は、非常に意味不明な日々と化した。
ゼミのメンバーをはじめとして、同じ民族学科の学生達に、僕は以前より話しかけられるようになった。それ自体は嬉しいことなのかもしれないが、問題は、彼らが揃って言う事だ。
『火朽くんの何が悪いの? ここだけでいいから、教えて!』
大体は、こういう話だった。何が悪いかと言われても、存在しない人物に悪い部分はない。
だが、ゼミのメンバーだけでなく、同じ学科の生徒達まで、火朽くんという編入生が存在しているかのように話しだした部分は、はっきりいって僕にとっては悪い出来事だ。
鬱屈とした気分で、僕は約一週間を過ごし、『火朽くん存在ごっこ』が始まってから三回目となるゼミに向かった。あるいは、これは、何かの課題なのだろうかと考えて、配布されたプリント類や、メール送信されてきていた民族学科準備室からの連絡を一通り見たが、どこにも、火朽くんに関する課題などは無い。僕が見落としているとは考えられない。
さて、この日も発表が終わった。
だが、今日は教授室に移動するのではなく、そのままゼミの部屋に、先生も含めた全員で残る事になった。理由は、来週からは、二人ひと組あるいは三人ひと組で、共同発表を行う形式になるからという内容だった。
……ゼミのメンバーは六名なのだから、二人ひと組で良いと、僕は思うんだけど。
「二週間を準備期間として、各自で話し合ってもらう。班分けは、私側で決定させてもらったよ。七名全員の個人発表を見た結果からだ」
夏瑪先生の言葉に、どう見回しても六名と先生しかいない教室で、僕は涙ぐみそうになった。以前から変わらず、僕は先生の講義は好きだし、機微に富んだ会話も好きだが、火朽くんなる存在しない人物に言及する所が、僕の心象を最近下降させているのは否めない。
「初回は、時岡くんと日之出くんと南方さん」
先生がそう言って、班の発表を始めた。名前を呼ばれたメンバーが笑顔で返事をしている。
「二回目が、宮永くんと楠原さん」
これを聞いた時、僕は目を見開いた。え。
――別に、女子と班が組めなかったからではない。
「最後の発表は、玲瓏院くんと火朽くんにお願いするよ」
僕は硬直した。まず思ったのは、『一体どうやって!?』である。
これは、僕に発表を一人で行なえという意味なのだろうか?
それとも、僕もまた火朽くんがいるフリをして行動すべきだという暗黙の指示?
「それぞれ、来週のこの時間は、民族学科準備室脇の小会議室で打ち合わせをしてほしい。1から3までの部屋を既に抑えてあるから、初回組は1、二回目組は2、三回目組は3の小会議室で、打ち合わせをよろしくね。それ以外の時間に話し合う事も自由だから――今日は、これで解散しよう」
微笑した夏瑪先生は、そう言うと教室を出て行った。
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