……火朽桔音という現象……

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 さて――その後も火朽は、階下から響いてくる、ローラと砂鳥のやり取りを聞いていた。  最終的に、砂鳥はローラに言いくるめられていた。  砂鳥の外見は、十代後半くらいに見えるのだが、彼は高校生になるわけではないそうだ。ローラが思いつきで始める事にしたらしき、喫茶店のバイトをするらしい。 「大学が無い日は、桔音も手伝ってくれるらしいしな」  続いて放たれた声に、そんな約束をした覚えが無かったので、内心で火朽は苦笑した。  このようにして、人間のする引越しというものを、妖怪である彼らも行う事になったのである。これからの新生活が、火朽は楽しみだった。  さて、それから数日後の出来事である。  新南津市のはずれ、合併により市に含まれる事になった、小さな村――集落が形成している住宅街の一角に、その日、新しいカフェがオープンしようとしていた。  ただの喫茶店ではない。  住民達すら、いつからそこに、その洋館風の店があったのかを記憶してはいないのだが、そういう意味合いではなく、看板に印字された店名が一風変わっていた。  ――Cafe絢樫&マッサージ。  最初にそれを見た時、火朽は買い物袋を抱えたまま、少しの間だけ立ち止まってしまった。  過去にもローラが気まぐれに、引越しをした事はある。それは砂鳥が加わる前の話であるが、大抵の場合、こうした西洋風の家をローラは出現させる。今回は、看板が出ている側の店舗スペースと、その後方に居住スペースがあるらしい。  昨日見た、今後の家の方は、火朽が過去にも見た事のある、ごく一般的な人間の住む家とさして差が無かった。だからこれまでの生活においても、妖怪は娯楽として、人間と同じ食事をするので、料理担当の火朽は、今後も己が担当するのだと考えて、現在は最寄りのスーパーに出かけてきた帰りである。 「……マッサージ?」  まじまじと看板を見ながら呟いて、火朽は思った。  相変わらず、ローラが何を考えているのかは、さっぱり理解できない。  しかし、質問するだけ無駄だという事もよく知っていたので、彼は裏手にある、住居スペースに直通する扉へと向かう事にした。
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