……火朽桔音という現象……

6/20
前へ
/111ページ
次へ
 本来妖怪には必要のない食事であるが、人間の文化にも興味があるため、火朽は料理が好きだ。待っている二人は、はっきり言って生活能力が欠如しているので、手伝ってもらわない方が楽だったりもする。  そのようにして、手早く料理を作り、火朽は料理をテーブルに並べていった。  ローラも砂鳥も、目を輝かせて料理を見ている。  それから食事を開始してすぐに、ローラが火朽に視線を向けた。 「で、大学に行く準備は出来たのか?」  万全である。火朽は、シーザーサラダを皿に取りながら、静かに頷いた。 「ええ。三年生に編入という形で、明日からです。もう夏ですが、四月からいた風に暗示をかけてもらっているので、余裕です」  現在は、六月だが、もうこの地域は暑い。妖怪は寒暖差に関しては、敏感なものと、そうではないものがいる。狐火である火朽にとっては、夏の方が過ごしやすい。 「おう。お前、民族学科だったか?」  続けたローラに対し、火朽は頷いた。ローラもまた、サラダを食べている。 「そうですね。ローラが紹介してくれた、吸血鬼の教授――夏瑪先生に、既に何度かお会いしてお話を伺ってます」  実際には、まだ一度も大学には足を踏み入れていない。だが、夏瑪に聞いた限り、多くの学生が既に『火朽と言う編入生が来た』と、認識しているという話だった。 「夏瑪なぁ。アイツも鬼畜だから、苛められたら俺に言え」 「――? ローラほどでは無さそうですが、肝に銘じます」  その時、ローラが揶揄するように笑ったので、火朽はしらっとした瞳になった。  何せ、ローラの性格の悪さを、散々身近で見てきたからだ。  それから、ローラが砂鳥を一瞥した。今度は、骨付き肉を手に取っている。 「明日から、朝十一時開店の夜十時閉店だ。メインは、夕方から夜狙い」 「店番してろって事?」 「おう。人間の気配がしたら、俺は研究室から顔を出す」  どうやら、実際にマッサージをする気――どころか、店舗スペースに常駐するつもりすら無いらしい。火朽は、少しだけ砂鳥が不憫になったので、苦笑交じりに声をかけた。 「頑張って下さいね、砂鳥くん。僕も可能な限りお手伝いしますので」 「火朽さん……有難うございます!」  手伝う気は、実際にはあまりなかったが、砂鳥には、そんな火朽の内心に気付いた様子はない。高校生に見える砂鳥は、中身も十代後半の少年のように、非常に純粋だ。  火朽は厚焼き卵を食べながら、明日から始まる大学生活について考える。  彼は、これからの新生活に、相応に胸を躍らせていたのだった。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

124人が本棚に入れています
本棚に追加