……火朽桔音という現象……

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 口元にだけは笑みを形作り、火朽がローラに言う。 「いえ。ごく普通の民族学科でしたが――……教授室に授業後、夏瑪先生のゼミのメンバーが集まるようで……僕も顔を出してきたんです。そうしたら、あからさまに、一人、僕を無視する人がいて……」  実際には、ゼミの教室に紬が入ってきたのをみて、講義開始前に挨拶をした時から、無視されていた。自分の方を見てはいたから、緊張しているのかと思い、挨拶後は声をかけなかったが。  ちなみに、そのゼミ開始直前は、他の学生が来てからも、紬は特に雑談に参加するでも無かった。だから、その時点では無視されているとは考えていなかった。 「無視?」  ローラが不思議そうに首を傾げている。 「はい。一度も目も合わず、みんなが自己紹介してくれる中でも、無言で……僕を意識していて無視しているとかではなく、僕が存在していないかのような対応で……そもそも、最初の時点で、僕の分だけお茶を出してくれなくて……」  他にも、色々と言いたい事はあったが、要約して火朽は述べた。  するとローラが、あからさまに眉を顰めた。 「感じ悪いな」 「ですよね。僕以外には、悪い人ではなさそうだったんですが」  自分以外の学生や、夏瑪教授には、玲瓏院紬は非常に丁寧だった。  名だたる家の人間だからか、周囲は気を遣っているようだったが、本人には図に乗る様子もなく、名前以外はごくごく普通の、火朽が想像していたような大学生といった様子だったのだ。 「おう。俺なら許さない。俺は心が狭いからな」  ローラがそう言ったので、我に帰り、火朽は唇で弧を描く。 「――僕も狭い方なので、明日から少し様子を見てはみますが、毅然とした対応で臨もうと思っていますよ」  しかし火朽の瞳は、笑ってはいなかった。  彼は、敵には容赦しない性格をしている。  理由なく無視されるのは、はっきり言って気分が悪かった。  こうして、火朽の大学生活初日は、幕を下ろしたのである。
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