……火朽桔音という現象……

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 これはもう、先程までのように、『低血圧』であるとか、昨日のように『春から編入してきたものの、まだゼミで顔を合わせた回数は十回にも満たない、ほぼ初対面の相手に緊張している』などといった、好意的な解釈は不可能であると、火朽は腸を煮え繰り返しながら考えた。  扉が閉まる前に、体をすべり込ませる。  すると優秀な扉はきちんと反応し、再度開いた。 「なんで開くんだよ。壊れてるのかな?」  そして火朽が無事に乗り込んだ直後、無愛想にぼそっと紬が言った。火朽は笑顔で隣に立ったが、元々柔和な外見に反して、非常に沸点が低いのでブチッときていた。  怒りから次の言葉が思いつかず、火朽は表情だけ笑顔を保ち、ずっと正面を見ていた。  その後エレベーターは無事、講堂がある七階に到着した。  扉が開くと、さっさと紬は出て行く。  観察するには好都合であるが、嫌な現実として、火朽は気がついた。どうやら、自分達は同じ講義を取っているらしいという、薄々一階から気づいてはいた事実に。  仕方がないので、正面を進む紬の背中を眺めながら、火朽も歩き始めた。  誰も見ていないので、この時だけは笑みを消し、スッと目を細める。  そして――考えた。  そもそも、玲瓏院家が有名なのは、強い霊能力を持っているからだ。  そうである以上――もしかしたら、夏瑪教授が何か失態を犯したか、あるいは己が迂闊な行動をしたために、玲瓏院紬は、『火朽桔音が人間ではない』という判断を下し、このような態度を取っているという可能性もある。  火朽は怒りのスイッチがすぐに入る方だが、だからといって冷静さを失うタイプではない。  それにまだ、大学生活二日目だ。  もう少し、この激怒をそのままぶつける前に、様子を見た方が良いだろうと、彼は判断した。  二人で大きな講堂に入ると――昔から設置されているのだろう黒板の前に、禿頭の教授がいるのみで、二百人前後入るその室内には、他に学生は誰もいなかった。  時間はもうギリギリである。  しかし誰も来ない。理由は簡単だ。出席確認がない上に、非常に簡単なレポート提出で単位がもらえるため、多くの学生が受講しているのに、テストにしか顔を出さない講義だという。  だから面白さを知る学生が少ないのだと、夏瑪教授が話していた事を、火朽は思い出した。  紬は、後ろから三列目を進んでいき、窓から少し距離を置いた場所に座った。  何処に座るか迷ったが、火朽も同じ列の――三人分程度距離をあけた場所に陣取る。  それから火朽は、チラリと紬を見た。  玲瓏院と聞くと、真面目そうなイメージがある。が、その名前が無ければ、見る限り、紬はごくごく一般的な大学生に見える。それも無気力系であり、やる気が感じられず、ぼけっと無愛想な顔で、頬杖をつきながら正面を見ているのだ。  不真面目そうではないが、キレ者には到底思えないし、勉強熱心にも見えない。  そんな紬が、こうして誰もいない講義に顔を出しているのが、火朽には不思議だった。  ――もしや、逆に自分が観察……監視されているのか?  不意にそんな考えが頭をよぎる。しかし教授は、紬と火朽のそれぞれを見ると、ポツリといった。 「いつもの顔だなぁ」  禿頭の教授は、火朽の正体に気づいている様子は無いし、紬がいるのも当然だという顔をしていた。だから、考えすぎだなと、火朽は内心で嘆息した。
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