……火朽桔音という現象……

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 こうして一限が始まると、意外な事に、真面目に紬がルーズリーフにペンを走らせ始めた。それを見て、火朽も、まずは講義に集中する事に決める。  気づくと、あっという間に、一時間半が経過していた。  時間を五分ほどオーバーし、教授が講義を終えて出て行く。  それを見てから、火朽は立ち上がった。  紬の事も気になるが、己には二限の講義もあるからだ。  折角の大学生活である、満喫しなければならない。  そう考えながら火朽はエレベーターへと向かった。  すると――紬もまた、その場にやってきた。  エレベーターホールは各階に一箇所だから、当然の流れではある。  しかし、帰るならば、下の階に行くエレベーターに乗るはずだ。  火朽の次の講義は、この館の八階で行われる。一つ上だから、階段でも良い。  だがエレベーターは、二つある。  よって、上を押して待っている火朽は、階段を使う気にはならない。  そもそも、自分を無視する相手に気を遣うという発想が無い。  ただ……嫌な予感がしていた。紬は、隣のエレベーターの前には立たず、火朽の真横にいるのだ。上行きを、待っている様子だった。 「――あの、上に行きますけど?」  念のため、火朽は尋ねた。勿論、表情は笑顔だ。にこやかに問いかけた。  だが、『そんなのは見れば分かるけど、何か?』というような空気を醸し出しながら、紬がため息をついた。彼の視線は、エレベーターの『▲』を捉えている。上に行くと理解しているのが、傍から見ても分かる。 「……」  そのまま紬が何も言わない内に、エレベーターは到着し、二人は上行きのその箱に乗り込んだ。火朽より一歩早く、紬が八階を押す。  ……こうして、二限も二人は同じ講義に出席した。  なおこちらには学生が数人いたのだが、やはり人気は少ない。  人間には不人気な講義だという噂は、本当らしい。  しかし、紬は真面目にノートを取っている。その部分だけは尊敬しつつも、これからずっとこの気まずい講義の時間を、毎週過ごすのかと思い、火朽は憂鬱な気分になった。  いいや。ここはやはり、親交を深めるべきである。  火朽は積極的なアヤカシなので、そう考えた。  そこで、二限の終了後、改めて声をかける事に決めた。
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