……火朽桔音という現象……

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  「あの、玲瓏院くん、良かったら一緒に、お昼ご飯をどうですか?」  すると――丁度扉から出ようとしていた紬が立ち止まり、静かに振り返った。  自分の方に視線が向いたので、火朽は心の中で安堵する。  しかしそのまま、何を言うでもなく、紬は再び歩みを再開して、出て行った。 「これは……きっと、YESですね! うん。ですよね!」  火朽は非常に前向きな性格をしているので、慌てて紬の後を追いかけた。  そのまま無言で、エレベーターに乗り込む。  一階に到着するまでの間も、その後、学食へと向かう道中でも会話はゼロだった。  だが、自分が隣を歩いている事に対し、紬は不満を言わないので、火朽はそれを進歩と捉える事に決めていた。 「冷やしたぬき蕎麦」  食券を買って、紬が頼んだ。火朽は無難にカレーを頼んだ。  すぐに出てきた料理のトレーを、紬が持って歩き出す。  学食の列は流れ作業のようだったから、火朽も周囲の動きに合わせて受け取り、その後は紬を追いかけた。すると――紬は、どこからどう見ても、一人用の椅子に座った。ま、まぁ隣に座る事は不可能ではないと判断し、火朽はそこに腰を下ろす。  すると、紬が唐突に、バシンとテーブルを叩いた。 「あのさ、鬱陶しすぎるんだよね。さっきからさ。本当、嫌になる。ご飯くらい、僕は静かに食べたいのに。なんていうか、イタイんだよ。動きがさ」  そして不機嫌そうにそう言った。  非常に小さな声であり、火朽以外には聞き取れないだろう声音だった。 「――僕は、何か気に障る事をしましたか?」 「……」 「玲瓏院くんは、僕の何が嫌なんですか?」 「……」 「食事をするのが嫌なようなので、僕はここから立ち去りますが、その条件として、ぜひお聞かせいただきたいんですけど」 「……」 「僕の行動が痛いって、どういう意味ですか?」  火朽は一気に聞いた。口元には笑みを浮かべていたが、瞳は険しい。  しかし、紬は何も答えず、蕎麦を食べ始めた……。  そのまま――食べ終わるまでの間、なお言えば、三限が開始するまでの間、紬は何も言わなかった。奇しくも、三限も火朽と紬は同じ講義をとっていたが、そちらには学生がいっぱいいたため、火朽は頭を切り替えて、昼の出来事は忘れる事に決めた。
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