……火朽桔音という現象……

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 こうして紬は、翌日からも火朽に観察される事になったのだが、本人は長らくその事実に気が付く事は無かった。  火朽は翌週のゼミまでの一週間、『毎日』――紬の隣を歩いた。観察の優先順位が高くなったからではない。人混みで他の生徒の目がある時は笑顔だが、二人きりで歩く時など、最近の火朽は傍から見ても冷たい眼差しをしている。  しかし、紬が何かを言う事は無い。表情の変化以前に、無視が継続中なのである。  無視――火朽にはそう思える辛い日々の中にあって、常時であれば、彼はとっくに距離を作っていただろうが、今回はそれができない事情があった。  玲瓏院紬の観察よりも優先度が高い一番上のもの、大学生として勉学に励む事……分かりやすく言うならば、これは『講義へ出席する』という行動だ。  今は、ゼミの前の最後の講義、二限へと向かっている最中なのだが……紬の横を歩いているのは、やはり行き先が同じだからであるとしか言えない。  時間割の決定は、操作して潜り込んでいるのは火朽であり、紬側は四月の履修登録時期に終わっていたはずである。なのに、見事にこの一週間、全ての講義が同じだったのだ。  むしろ火朽側が紬と同じ講義を選択して後から時間を組んだ、と、言われたら皆が信じるだろう。全て同じだったのだから。しかし、そんな事実はない。  学んでみたい学問――授業を選ぶにあたり、火朽は夏瑪教授の意見を一部参考にはしたが、基本的にはシラバスとにらめっこをして、彼は自分の興味が惹かれたものをひたすら選んでいった。紬がどういった理由で、それらの講義を選んだのかは、火朽には分からない。  不真面目な大学生の大半は、単位取得が楽な講義の情報などを手にしているという。  折角の学ぶ機会を潰す彼らの神経が、火朽には理解できないが。  とはいえ、紬は――ここまでの全ての講義に、基本的に出席し、真面目に話を聞いている。  思い出して火朽は立ち止まり、先に進んでいく紬を見据えた。 「ここまでかぶると、僕と彼の趣味――好奇心を満たしてくれる講義や、興味を持つ対象が同じとしか……かなり深い部分で、気が合う……いいえ、そんな事はありえませえんね」  そしてそう呟いてから、後ろから来る二人の気配に振り返る。  今度は笑顔をきちんと浮かべ、火朽は振り返った。 「おはよう、火朽」  声をかけてきたのは、時岡という男子学生だ。隣では宮永も片手を上げている。 「おはようございます」  その後火朽は、二人とともに、夏瑪教授が講義をする二限へと向かった。
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