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「火朽――玲瓏院自体は温厚だけどな、あいつを怒らせると、後ろについてる実家がやべぇから、あんまり揉めない方が良いぞ」
「宮永よ、俺も同じ意見だけどな、これまで玲瓏院が怒った所なんか、見たことあるか?」
「教室にゴキブリが出た時。あいつ、虫が嫌いらしい」
二人の声を聞いていたらしい日之出が、そこに明るい声を上げた。
「つまりは玲瓏院くんの中で、火朽くんは、ゴキブリって事だねぇ」
室内の空気が固まった。空気を読めよと人間の他の学生達は思ったが、表情を崩さないままで火朽は内心で、今ならばメロスに圧勝できる激怒っぷりであると、自己評価を下していた。
その後、教授室へと移動すると、先週と同じように紬がお茶を用意していた。
一つ、二つとグラスが置かれていく。
そして――火朽の正面以外には、全てグラスが置かれた。
火朽は笑顔をはり付けたままで、紬を一瞥する。
紬はするりとその視線を交わすかのように、夏瑪教授の方へと顔を向けた。
その二人の光景に、先週はフォローを入れた女子二名も、上手く動けない。
時岡と宮永は顔を見合わせている。
こういう時に強いのは――周囲の空気など気にせず生きている、日之出だった。
「玲瓏院くん。火朽くんのお茶はどこにあるんだろうねぇ?」
誰もが聞けなかった事を、真っ赤な唇からあっさりと彼は放った。
すると紬が目を細める。室内の温度が少し下がった気がした。
「火朽? 誰、それ」
不愉快そうな眼差しの紬の声に、ビシッと室内が凍った。
明らかに怒りや嫌悪が覗いている瞳は、普段の大人しい紬の姿とは違いすぎた。
「僕、帰るね。気分が悪い」
そう言うと、ふてくされたような表情で、自分のお茶を飲んでから、紬が立ち上がった。
そして、火朽の前に自分が飲み干したグラスを、少々乱暴に置くと、そのまま教授室を出て行く。残された面々は、呆然とするしかなかった。
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