……火朽桔音という現象……

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「ふむ。決して玲瓏院くんは悪い学生ではないのだがねぇ。不思議だ」 「別に関わらずに過ごせば、害はありません」  平坦な声で火朽は告げた。珍しくそこには、微笑がない。 「とはいえ、君達は二人共、現在では私のゼミの大切な学生であるし、指導教授としては、この状態は見過ごす事が出来ない。今後を考えてもねぇ、折角だから火朽くんには、人間としての大学生活を大いに謳歌してもらいたい」  しかし夏瑪教授側は、いつもと同様、余裕たっぷりの笑顔だ。 「そうそう――本日を一区切りとして、今後、ゼミでの発表形態を変えようと考えていてね」  カップを傾けながら、夏瑪教授は、唇の片端を持ち上げた。 「複数での発表とする。班分けは私がするんだがね、今、火朽くん。君と玲瓏院くんの共同発表の場を設けようと検討中なんだよ。これをきっかけに、二人がもう少し友好的な関係を築いてくれる事を、担当する者として、願っているよ」  このようにして、火朽と紬の班が決定したのである。  だが班分け発表があったその日のゼミでも、玲瓏院紬に無視をされたため、火朽は気が重かった。  翌週の打ち合わせの時間までの間、しかしながらここ数日のように距離を取っているだけというわけにもいかず、何度か玲瓏院紬という人間を観察する作業を再開した。しかし、ほとんど視線すら合わない。  そんな状態で迎えた打ち合わせ日――本日、火朽は、昼食を取らずに、早々に小会議室へと向かった。元々、食事は娯楽であるから、不要だ。だがそれが理由ではなく、今日こそは会話を成立させなければならないという気持ちから、心の準備をする時間を欲したのである。  予定時刻の三十分以上前に部屋と入り、まず火朽は窓を開けた。  初夏の清々しい空気を取り入れたのは、室内が暑かったからである。  火朽は夏が好きだが、人間という生き物は暑さだけでも苛立つらしいという知識があった。  ならば、せめて相手が不快に、外的要因からならないように、事前に配慮しておこうという意識から、窓を開けたのである。  その後、左側の椅子に座した。扉は左側についているから、右側の椅子の方が、入口からは遠い。人間のよく分からない作法として、奥の席に座る方が目上らしいという知識が、火朽にはあった。相手を立てるためには、自分が左側に座った方が良いだろうと考える。  また、人間は、正面から向き合うよりも、少し斜めの状態で座った方が良いという知識も持っていたので、左側の椅子の角度を少し変え、より最適な状態で話し合えるように準備をした。 「我ながら、完璧ですね。まさか、来ないという事はないでしょうけど……これで、上手く話し合いが出来ると良いのですが」
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