ばあちゃんの煮豆

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僕の母親はシングルマザーでCAだった。それで僕は小学生の頃からばあちゃんの家に預けられて育った。そのうちにどこぞのパイロットとうまくいったらしく、僕には疎遠なステップファミリーができた。今では母がどこで暮らしているかも分からない。 こんな時にさえ帰ってこないと、親戚は母のことを苦々しく罵っていた。それをどこか他人事のように聞いていた自分がいた。 僕は大学に入学する時に家を出て、一人暮らしを始めた。それでも年に一度は必ずばあちゃんを訪ねて顔を見せていた。 そんなばあちゃんの得意料理は五目煮豆。 帰省する度に食べさせてもらった。 「よう来たね。お豆さん炊いて待っとったよ!」 くしゃくしゃの笑顔を見る度に、ほっとしていた。ばあちゃんの家が僕の実家であり、大切な故郷だった。 帰りの新幹線は週末ということもあって人が多く、家族連れも多かった。 黒いネクタイを外して無造作にカバンに突っ込み、代わりにスマホを取り出した。溜め息を吐きながらシートに座ると同時に画面を開くと、彼女からメールが届いていた。 ーー今日帰ってくる? 首を傾げて尋ねてくるウサギのスタンプ。口元が緩んだ。なんだか癒される。 僕は画面上で指を滑らせ、『帰るよ』と返事を送った。 間もなく既読が付き、また返事がきた。 ーー何時頃? 何か作ってきてあげようか。 ホームにアナウンスが響いている。新幹線が発車し、窓の外の景色が流れ始めた。それをぼんやり見つめながら、僕は指でトントンとスマホの角を叩いて思案した。 苦笑い。 五目煮豆しか浮かんでこなかった。
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