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こちら生徒会生徒相談室
生徒会長の八木一郎は一つ咳払いをして、言った。
今回のテーマはこれ、だそうだ。
『マフラー』
その一言に生徒会室となっている教職員用の準備室内がザワザワと賑やかになった。
八木生徒会長は一枚の書類を揚げてみせた。そして、そこに書かれている文章を読んだ。
手編みで作ったマフラーを彼にプレゼント。けど恥ずかしがって使ってくれなくて……
四角い顔した男の口から恋模様が語られた。
それを聞いたその場にいた全員が心の中でずっこけて、心の中でツッコミの弓矢を八木生徒会長に放った。
――いや、あんた、別にさ、女性が書いたであろう文章をそのまんま読むことはないだろう。
――寒気したわ、ほんと。
皆から怪訝な顔を向けられても四角い顔は冷静だった。
「静かに。生徒の悩みを解決する場が生徒会生徒相談室である。この場で相談内容を議論するものではない」
もっともだ。
生徒会に関わる役員全員はこの場の趣旨を思い出した。
そこで俺はさっそうと椅子から立ち上がった。
八木生徒会長が俺を指名した。
「風紀委員会委員長、市松君。どうぞ」
「不肖ながら、僕から一言」
自分自身が感じたことに対して黙ってはいられないのが風紀委員という性だった。
「彼氏が手編みのマフラーを使ってくれない、どうしたらいいか? そんな答えなんてわかるわけないじゃないですか」
相談者を突き放す俺の言葉にその場にいた全員が唖然となった。いや、凍り付いたと言った方が適切な表現か。
「ちゃんと考えての発言だな?」
「一体何を考えるんです? 彼氏の考えを逆転させるための脚本ですか? それなら文系委員会に任せるのがいいでしょう。シェイクスピアの戯曲に参考にできる作品があるんじゃないですかね」
しかし八木生徒会長は俺の意見を保留とした。
「悩み事を相談された、さてどうしたらいいのかを皆で考える。まず、一人一人がそれをテーブルの上に出すべきだと思う」
お互い取り付く島もない、といったところか。
追撃は得意とするところだ。俺はさらに強く言った。
「なぜなら、僕は誰かにもらふらーなんて編んでもらったことがないのだ!」
「噛んでるぞ、落ち着け、市松君」
「失礼。マフラーなんて、です」
そこで八木生徒会長は拍手を一つ打った。彼にとってのナイスアイデアがひらめいたときの彼の癖だ。
「なるほど、言われてみれば、そうだな。マフラーを誰かのために編んだ経験がある人?」
いない。
「もらった経験がある人?」
いません。
「困ったな。編んだ人の気持ち、もらった人の気持ち、そのどちらも誰もわからないのでは、マフラーを恥ずかしがって使わないという彼の気持ちを逆転させる一手が浮かばない。よし、こうしよう」
この四〇文字足らずの相談事が、この後とんでもない方向へかっ飛ぶのであった。誰もこの時点ではその予兆すら感じ取ってはいなかった。それは神様の気まぐれだったのなら、なぜその気まぐれが起きたのかという謎でもあった。
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