……本編……

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 僕は、ストロベリーローズティの用意が終わったので、そこを見計らってお茶を運ぶ。  付け合せにサービスでスコーンをつけた。僕のお手製だ。  フレイバーティの方には、安心して他者を頼れる気持ちに――素直になれる妖怪薬を、スコーンには、本心を自由に伝えられる開放感を得る……こちらも素直になれるエッセンスを入れた。 「ありがとう」  藍円寺さんは受け取ると、顔を上げて小さく笑った。最近藍円寺さんは、たまに笑う。ローラの前には珈琲を置き、僕は下がった。 「――ローラ、そうだな。俺が悪かった」  ガラスのカップを傾けると、藍円寺さんが言った。 「ローラを信じていないわけじゃないんだ。ただ、ローラに何かあったらと思うと怖いんだ。除霊の場には、心霊協会がバッティングを阻止しているとは言え、霊能力者が俺以外にも来る時がある。もし――ローラが退治されてしまったらと思うと、その……」 「安心しろ。俺は退治なんかされない」  本当に二人は仲良しだなぁと僕は思った。  その時、コンコンと窓をノックする音が響いた。  見れば――妖精がそこにいた。フェアリーは、妖怪の訳語でもあるが、日本においては、小さな羽の生えた妖精が妖として一つ生息している。  ……妖を生み出すのは、人間だ。人間の想像力が、妖を生むのだと、霊能学では言われている。その第一人者のブラックベリー博士というのは、ローラの筆名だ。人間の霊能力を上中下に分類したのもローラだ。ローラは、人間の研究が趣味らしい。火朽さんは、元々はその方面で、ローラに弟子入りしたそうだ。僕がローラと出会った時には、既に隣に火朽さんがいたものである。  窓を開けて、僕は妖精の小さな女の子を招き入れた。緑色のワンピースを着ていて、背中には、ピンク色の羽根がある。ミルクを入れた小さな皿を差し出してから、僕は扉を見た。すると扉の窓からこちらを覗いている灰色の猫が見えた。だから続いて扉を開ける。  花想猫(カソウネコ)という妖だった。見た目は、サイベリアンフォレストキャットの子猫だが、この妖は、花を主食としていて、食べた花びらの色に模様が変わる生き物だ。 「どうしたの?」  お客様なので、抱き上げて僕は尋ねた。そのままテーブル席の、藍円寺さん達とは一番遠いソファに運ぶと、心の中で、花想猫が答えた。 「尻尾が二本になっちゃったの……」 「ああ、猫又に進化するんだね」 「猫又?」 「うん。猫の妖だよ。三本狐が九尾の狐になるようなものだから、心配しなくて大丈夫」  僕は微笑しそう告げてから、その仔には色とりどりの薔薇を皿に飾って差し出した。  花びらを食べるたびに、猫の毛色が淡いピンクや白、青、緑と変化していく。 「――分かった。明日からは一緒に行こう」  その時、ローラと藍円寺さんの話がまとまったらしく、藍円寺さんがそう言った。 「砂鳥、俺は藍円寺を送ってくる」 「――ごちそうさま。精算を頼む」  こうして、ローラと藍円寺さんは出ていった。僕はレジの前でお会計をしてからは、妖精の女の子や、猫の妖と歓談していた。人間のお客様よりも気楽だが、必ずしも言葉を話せるとは限らないから、こういう時、僕は自分が、心を読める妖怪で良かったなと感じる。  その後、朝の四時になったので、二人(?)には、お帰り願った。 「また来てね」  僕がそう声をかけると、それぞれが心の中で、人間で言う笑顔を浮かべていると、読み取れた。中々良い初日だった。明日からも頑張ろうと僕は誓う。そうして朝まで、僕は妖怪薬や軽食の仕込みをし、搬入されてきたマリアージュのケーキを受け取ったのだった。
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