……本編……

17/75
88人が本棚に入れています
本棚に追加
/75ページ
 僕同様高校生くらいの姿をしている彼は、狐色の髪に緋色の瞳で、身長は芹架くんより少し低いくらいだろう。ただよく見ると、その瞳は老成している。 「藍円寺享夜が送る以上、俺がそばにいる必要はない」  僕の疑問に答えるように、妖狐が言った。それを聞いて、頷きながら、僕は歩み寄った。 「なにかご注文なさいますか?」  微笑すると、妖狐がメニューに視線を落とした。それから改めて、僕を見た。 「冷たい緑茶――は、アイスグリーンティというのか?」 「ええ。他には、抹茶ラテなどもあります。こちらは甘いものです」 「甘くない方が良い。甘いものは、何か餡子が食べたい」 「白玉ぜんざいでも食べますか?」 「それで頼む」  こうして注文を受けて、僕は厨房に戻った。現在お客様は、彼ひとりである。  用意をしながら、赤い着流し姿の妖狐を見た。  無口なのかと思っていたが、そうとも思えない。 「――昔は、この新南津市にも、妖がこうして茶を飲める店が多数あったんだが、最後の茶屋が潰れてからは、久しく見なかった」  運んでいくと、雑談をふっかけられた。僕を窺うように見ている妖狐は、気だるそうな顔をしている。 「そうなんですね。このお店で、ぜひゆったりなさって下さい」 「お前は、覚か? 俺は、妖狐の水咲という」 「はい。僕は覚で、名前も砂鳥です」 「そうか」  頷くと、水咲さんは、食べるのに集中しだした。邪魔をしないように、僕はレジ側へと移動する。そしてケーキを眺めながら、思案した。人型を取れば、人間のお店に娯楽で食べに行くことは易い。だが確かに、妖が妖としてふらりと入れるお店は少ないかも知れない。 「また来る」  食べ終えると、水咲さんが音もなくレジの前に立った。そしてお金を置くと、僕を見た。 「美味しかった」  こうして帰っていった水咲さんを見て、最後の一言は接客業をする上で、非常にありがたい貴重な一言だなと感じた。美味しいと言われると、正直やる気が出る。  ――以後、斗望くんと芹架くんが学校に行っている時も、たまに水咲さんは絢樫Cafeに立ち寄り、時間を潰してくれるようになった。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!