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「代金は? すぐに欲しい」
「これからもお店に来てもらえるなら、それだけで十分です。水咲さんは、大切な常連さんですから」
僕が答えると、驚いたように、何度か水咲さんが瞬きをした。
それから、小さく苦笑するように頬を持ち上げた。
「分かった、今後も立ち寄らせてもらう。それと――」
「はい?」
「水咲で良い。『さん』は不要だ」
その言葉に、僕は笑顔が浮かんできた。
「僕の事も砂鳥で良いです。今、取ってきますね」
こうして僕は、厨房側に戻り、妖怪薬が入っている瓶を手にとった。薄い緑色の香水瓶で、水仙の意匠が施されえいる。調合した時に、似合う瓶を探したのだ。それと一緒に冷たい緑茶を持っていくと、水咲さん――……水咲が頷いた。確かに考えてみると、僕達は見た目の年齢がそう変わらないのだから、気さくに話しても良いのかもしれない。実年齢は知らないが。
「どうぞ」
「――助かる。ああ……良い香りがするな。水仙の香りだ」
水咲の声に、僕は頷いた。比較的強い妖怪薬だから、生花そのままの香りがする。花は、人間の花が捉える香りとは別に、独特の力を盛っている場合が多い。妖の力とも少し異なるのだが、非常に有効だ。
その後、小学校の放課後が近づいてきた頃、水咲は帰っていった。
――この新南津市では、午後六時に市全体に音楽が鳴る。遅くまで遊んでいる子供には帰宅を促す合図らしい。多くの人間の地域では、午後五時であるらしいが、新南津市は、より、逢魔が時と呼ばれる時刻に合わせているのだろう。新南津市で魔が活発になる時間帯は、平均すると六時以降らしい。
その音楽が鳴り響いた時、ローラが店舗フロアに降りてきた。
「これから藍円寺さんとバイト?」
「おう。行ってくる」
頷いてローラが扉に向かっていった。すると丁度、藍円寺さんが扉を開け用としていて、驚いていた。一歩早く出たローラがニヤリと笑う。
「人間は、働いたあとに、遊ぶのが楽しいらしいな。テーマパークに備えて、一所懸命に働くか」
「あ、ああ……」
ローラの声に頷き、藍円寺さんが踵を返した。除霊のバイトに向かう二人を見送り、僕は一息つく。それにしても、遊園地に行くのは――実を言えば、僕はあまり乗り気ではない。遮断する事は可能だし、遮断するための妖怪薬も存在するが、自然に過ごしていると、人ごみというのは、覚である僕には辛い。様々な思念が流れ込んでくるからだ。
それは生者のものとは限らない。遊園地へ行きたかったなという想いを抱いて亡くなった人間たちも、浮遊霊としてそこにいる場合がある。テーマパークになど、ほとんど行った事がない僕だけど、数少ない記憶の中に、そうした思い出がある。
霊になると、心が歪んでしまう人間が多い。
僕にはあの世や天国といった場所があるのかは分からないが、死してなおこの世界に留まる人間というのは、次第に歪みが強くなっていくから、不幸だなと感じる。
ただ、最初から歪んでいる僕達妖の場合は、別段不幸ではない。綺麗なものを知らず、元々歪んでいるならば、それは一つの個性だ。だけど例えば、心優しかった女の子が、地縛霊になって、ただただ寂しいからという理由で、人間を自分同様殺してそばに幽霊としておこうとするような歪み方は、見ていて辛い。
僕の同情など求めてはいないのだろうが、死とは、残された生者だけではなく、亡くなった側の一部の人間にとっても、衝撃的な事態なのだろう。
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