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――……すごい人ごみだ……。
待ち合わせをしている券売機付近の人ごみを見て、僕は慌てて、渦巻く人間の思念からピントを逸らした。こんなに大人数の考えがいきなり見えたら、間違いなく船酔い気分を味わう事になってしまう。
「火朽くん!」
そこに紬くんの声がした。僕らがそろって視線を向けると――ペアルックでは無いだろうが、本日も火朽さんとお揃いとしか言いようの無い服を着た紬くんが駆け寄ってくる所だった。まぁ、流行している服なのだろうし、似たような装いの人々は、この券売機前にも沢山いる。二人は、本当に趣味が合うらしい。それとも人間の大学生とは、皆似たり寄ったりの格好をしているのだろうか?
「享夜さん達は、今駐車場みたい」
「おはようございます、紬くん。では、先に購入しておきましょうか」
柔和な笑みを浮かべて、火朽さんが紬くんに言った。二人が、券売機の方へ歩いていく。それを眺めながら、僕はローラを一瞥した。
「ローラは、買いに行かないの?」
「事前に買っておいた。俺に抜かりはない」
「僕の分は? 僕、お金を持ってないよ」
「……早く桔音を追いかけろ」
その言葉に頷いて、僕は火朽さんと紬くんを追いかける事にした。二人は――そんな僕の分や、持っているらしいローラの分、その他に藍円寺さん達の分も、既に購入してくれていた。ローラと違って優しいなぁ。
こうして無事にチケットを手に戻ると、藍円寺さん達も合流していた。
……うん。ローラのはしゃぎっぷりと言ったら無い。何とも言えない気持ちになる。僕はニコニコしてしまった。
「行くぞ! 藍円寺!」
「え」
「やっぱりテーマパークっていったら、お化け屋敷だよな!」
藍円寺さんの手を取って、ローラが早速歩き出した。僕を含めた他のメンバーなど、視界に入っていない様子である。嬉しそうだなぁ。まぁ良い、もう放っておこう。そう考えながら、僕は視線を戻した。
斗望くんと芹架くんは、二人でパンフレットを覗き込んでいる。水咲さんは、その一歩後ろで二人を見守っている。子供達二人の安全は、水咲さんがいれば守られるだろう。
そんな彼らの後ろで、ローラ達のペースとは逆に、非常にまったりと火朽さんと紬くんが歩いている。僕はちょっと興味がある。この二人は、一体どこに行くんだろう?
「火朽さんと紬くんは、どこに行きたいですか?」
「砂鳥くん。僕と紬くんは、入ってすぐのテラスでお茶をしているので、楽しんできて下さい。荷物を見ていますので」
「え?」
「僕達が来るのは二度目ですし――並ぶよりも、話をする方が有意義だと僕は思うんです」
笑顔の火朽さんの言葉に、そういうものなのかと僕は小さく頷いた。荷物というほどの荷物も無いが、迷子にならなさそうで良い。迷ったら、火朽さん達のいる席へ行けば良いのだから。
無論、僕が迷子になるわけではない。僕は、人間の小さな子供に対する一般論を思い浮かべただけだ。なにせ、ローラに引っ張られながらも、時折心配そうに藍円寺さんが、こちらへ振り返るからである。藍円寺さんは、ローラには勿体無いくらい、比較的常識人だ。
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