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胸が躍る。ドキドキしながら僕は店舗に降りて、朝の日差しの中、外へと出た。
そして、久方ぶりに看板をcloseからopenに変える。
清々しい冬の空気の中で、僕が吐いた息が白く登っていった。
この土地は、今は雪がそれほど降っていない。
どちらかといえばまだ紅葉が見える。降雪は二月頃が本番らしい。
だから雪かきはまだ不要だったが、氷を溶かす水を地面に流している。
それから店内に戻り、僕はカウンターの奥の席に座った。ここで待機し、これからはお客様を待つのだ。メニューを再確認しつつ、僕は足元の扉の下に入れてある妖怪薬の確認もした。茶葉形態が多いが、香水瓶に入れた物や、火をつけるお香型、各種の――人間が言うパワーストーンを砕いた粉、名前のハーブなどがある。
覚(サトリ)という妖怪である僕は、人の心を読み取る事ができる。その力を駆使して、お客様の問題点を見て、最適なお茶及び妖怪薬を勧めたいと考えているのだ。
僕は、ローラ以外に、「あなたは覚ですね」と言われた事は無いが、これまで――ローラ以外の全ての相手の心が読めた。意識しなければ、火朽さんくらい強い場合は読めないが、意識してもローラは見えない。だから……語り部である僕にとっての主人公がローラだ。
なお、覚という妖怪は、鳥山石燕が描いた今昔画図続百鬼にも出てくる妖怪だ。あちらに描かれた存在は、僕ではないと思うのだが。なにせ僕には、そんな記憶はない。
――ああ、早くお客様が来ると良いな。
僕がそんな事を考えたこの日、絢樫Cafeが再始動する事となった。
朝の十時にお店を開けてから――暫くの間は、誰も来なかった。
ま、まぁ、いきなり繁盛したりはしないか。
それにあんまり忙しいのも、考えものだろう。
そう思いながらティースタンドの上のチョコレートの位置を直していると、十一時半過ぎに扉が開いた。視線を向けると、火朽さんと紬くんが立っていた。
「いらっしゃいませ」
openしていない場合も常連さんだった二人である。茶色い髪に焦げ茶色の瞳をしている火朽さんは、柔和に微笑むと僕を見て頷いた。多忙時はバイトとして手伝ってくれる事になっていたが、本日はお客様としてここへ来たらしい。
伴っている紬くんも、髪の色が茶色だ。瞳の色も同じだ。なんでもこの、日本人ながらに薄い茶色の色彩は、この土地にたまに生まれる天然のものらしい。茶目というそうだ。
二人は本日も、方向性がよく似た私服を着ている。趣味が非常に合うらしい。お揃いではなく、偶然でいつもカブるそうだ。
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