……第二章:玲瓏院結界……

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「やられた、刻印された。辛い、体が辛い。うあ、あ、朝儀、もうこれ無理」 「――っ、相手は?」 「夏瑪夜明だ。う……あ、ぁ」  結局倒れ込んだ縲は、立っていられないのだが、朝儀に触れられている箇所も辛くて、ボロボロと泣くしかできない。大の大人がこのように泣くというのも滑稽だろうと、一歩乖離した理性では考える。 「夏瑪夜明は、どこにいるの?」 「戻ってこないんだ。鎖が緩んでいたから、自力で逃げ出そうとして――そうしたら、君達の気配がして……っ……熱」  そう告げるのが精一杯であり、縲はそのまま意識を手放した。  次に縲が目を覚ますと、玲瓏院本家の自室にいた。洋風の寝台、これは縲が布団に慣れないため、唯一の我が儘を通して買った品である。びっしりと全身に汗をかいていたが、体自体は清められているようだった。縲は気怠い体で起き上がりながら、己が来ている白い和服を見る。寝台の周囲には、五芒星の形に術が展開されていた。蝋燭の炎が揺れている。少しだけ、刻印による熱が楽になっていた。 「目が覚めたか」  その声に顔を向けると、統真が立っていた。難しい顔で縲を見ている。 「現在、お主は、酷い風邪を患った事とし、結界展開後の討伐の総指揮は儂が変わる事としてある」 「……ご迷惑を」 「迷惑というか、災難じゃったな」 「……」  絆と紬の前では、そこそこ親しく話す二人であるが、こうして一対一の場合、縲が無表情である事が多い。縲は統真には、心を開かない。経緯が経緯だけに仕方がないのかもしれないが。統真としても愛娘の死の一因は縲にあると考えているため、恨むわけではなかったが、時に縲の扱いに手をこまねいている。 「鬼――吸血鬼の刻印、か」 「すぐにでも夏瑪夜明の排除を……っ」 「出来るのか?」  統真が冷徹な声で尋ねた。実際問題、国際的に指名手配されるほどの吸血鬼が相手である。一人では困難なのは、明白だ。それ以前に、夏瑪夜明の排除よりも、体の辛さを緩和しなければ、満足に動く事すら出来無いだろう。 「朝儀には命じたわけではないが、率先して手伝う気があるようじゃったが」 「……」 「まずは刻印の対処をすべきじゃな。ここに張ってある簡易結界でも、少しは楽になるものか?」 「――結界というよりも、夏瑪夜明が自発的に俺を逃がして、最低限動ける程度に刻印した箇所から送り込んでくる力を緩めているんだともいます……っく」 「そうであっても辛いのじゃろう?」 「……」  返す言葉がなく、縲は唇を噛んだ。綺麗な金髪が肌に張り付いている。 「妖しの事は妖しが最も詳しい。吸血鬼の事ならば、吸血鬼が詳しいじゃろうな」 「……」 「享夜も刻印をされて――だが、縲、お主のような状態にはなっておらぬと聞いている」 「……」 「絢樫Cafeのローラと言ったか。此度の救出劇においても、夏瑪夜明が縲を置いていた場所を教えたのは、ローラと言う吸血鬼であったと朝儀は話しておった」  それを聞いて、縲はゆっくりと床に足を下ろしながら、小さく頷いた。
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