……序章……

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 ――嫌な夢を見た。  俺は目を見開いて、玲瓏院家の天井を視界に捉えた時、今の光景が全て、『過去の出来事』だったのだと気づき、全身を震わせた。びっしりと汗をかいている。それが冷や汗なのか、それとも熱感を伴っているのか、一時的に意識できないほどに、俺は動揺していた。  そう……今の光景は、『夢』だ。  現在の俺は、玲瓏院縲(レイロウインルイ)という名の、一介の日本人男性である。ここは、フランスでは無いのだ。こめかみに張り付く金髪を、指でくしゃりと撫でるように持ち上げる。戸籍的には日本人であり、血縁的には、俺はクォーターである。金髪と一口に表しても、俺の場合は、祖母のプラチナとは異なり、ダークブロンドだが。  俺は祖母を、写真でしか目にした事が無い。  移民政策化で困窮していた元第二身分――白色人種と古の爵位を誇りとしていた我が祖母は、最も大切な誇りを、俺から見ると売り飛ばしたと言える。旧とはいえ、仏貴族社会にあっては蔑みの対象ですらあるが、金で家柄を売り飛ばしたのである。それも、婚姻などというような、生易しい階級移動の手法では無い。己の卵子を売り飛ばしたのだ。  購ったのは、DGSE――仏諜報機関に属する、対ル・ヴァンピール特殊部隊の研究班だった。そして、協力関係にあった、日本国CIRO――内閣情報調査室庶務零課から精子提供を受け、実験として、『日本で言う所の霊能力が強い子供』を生み出した。それが、俺の父だ。DGSEは、各国の『スピリチュアル』な力……国連定義の霊性とは異なる意味合いにおける、それこそ『能力者』を求めて、人工授精を繰り返したようである。  そうして生まれた――生み出された父は、第一身分……三部会の制度を引きずっていた、聖職者家庭に生を受けた母と恋に落ちた。母もまたプラチナブロンドだった。俺のこの、日本人離れした髪の色は、父の暗い髪の色と遺伝学を考えるならば、母譲りでは無いが――少なくとも、三歳まで、俺は愛を疑う事なく育ったはずだ。  しかしながら、実験体かつ戦力と、単体戦力であった、父と母は亡くなったと聞いている。死因は――吸血鬼に、喰い殺されたそうだ。今となっては、この事実関係すら、俺には不明だ。なにせ、俺の最古の記憶は、DGSEの面々が、幼い俺を迎えに来た光景なのだから。  以降俺は、ただひたすらに、吸血鬼を排除しなければならないとして、育てられた。どのようにして拷問し、どのようにして殺傷し、どのようにして人類を存続させていくか。それが俺にとっての全てであり、他の世界は存在しないと言えた。  愚鈍に歩く通行人を見る度に、俺は感じたものだ。  ――吸血鬼という脅威がすぐそばにいるのに、知る事も叶わず、平和だと妄信している、愚かで哀れな存在だ、と。 『Il est au Japon』  ――彼は、日本にいる。  少女らしい吸血鬼の声が蘇った。契機が訪れたのは、まさにあの『拷問』の頃だった。俺はあの頃、『オロール卿』と呼称される、ディフュージョンされている国際手配書『深緋』の吸血鬼を追いかけていた。Auroreは女性名詞であるが、歴とした男性型吸血鬼である。オロールは、この国では、黎明という意味だ。現在では、その者は、『夏瑪夜明』と名乗っているらしい。端緒、俺は、仏諜報機関より、オロール卿の討伐のために、この日本という国へと派遣された、祓魔師(エクソシスト)だったのである。
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