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俺は内閣情報調査室庶務零課を辞め、双子を連れて、玲瓏院本家がある、この新南津市へと訪れた。二十代半ばの俺が、小学生男児二名を伴っている。その上、正式に紗衣と籍を入れたのは、俺が十八歳になってからだ。周囲は、絆と紬は紗衣の産んだ父親の分からぬ子とし、俺が父親ではないと判断しているようだった。
それでも、二人は俺の実子であるし、例えそうでなかったとしても、俺を闇から救ってくれた紗衣の、大切な残り香だ。二人を連れて玲瓏院本家の応接間に行くと、使用人に統真氏が、絆と紬の面倒を見るように申し付けて、人払いをした。
「して、縲、か」
「葬儀以来ですね」
「新顔にしては、喪主として適任じゃった。してな、玲瓏院本家の正式な後継者――当主として、縲をこちらに迎える準備がある。外から見れば入婿となるのであろうが、縲は正当に、玲瓏院の血も受け継いでいるゆえにな」
統真氏はそう言うと、庭に見える池を見た。赤い鯉と錦鯉が泳いでいる。
「それが一つ目の、借金を肩代わりする条件だ。後継者は、絆か紬とする。二人が成人するまでの間の繋ぎとなるように」
「はい……」
「それとは別に――きちんと働いて、返済してもらおうかのう」
「……」
「残り約十億ほどじゃ。無論、縲が返済不可能となれば、絆と紬にその責が行く」
「……」
「玲瓏院にあって、玲瓏院にあらず。己が部外者であること、ゆめゆめ忘れぬようにな」
老獪な目をした統真氏の言葉に、俺は何も言えなかった。
――この日から、俺の貧乏&節約生活は幕を開けた。双子の息子は、玲瓏院家で使用人達が面倒を見てくれる。将棋が趣味の統真氏も、孫は可愛がっている。それを確認する傍ら、俺はもう、怪異から離れて子供達に寄り添いたいと思っていたはずなのだが、内密に運び込まれる玲瓏院本家宛の仕事の処理に追われた。内密の仕事であるから、周囲は俺が働いている事は知らない。俺は、入婿であり、力の無い、一般人だと捉えられているようだった。
別に、誰かに仕事ぶりを認められたいわけでもない。
こうして、俺の新たなる日々は幕を開けた。
あれから――十数年以上が経過し、絆と紬は二十一歳となった。俺は三十四歳となった。玄関で下駄を履いていると、そこへ紬が帰宅した。
紬に笑顔を返しながら、俺は考える。
子供達自身も、俺が実父で無いと考えているらしいのが分かる。
昔から、『縲』と呼び捨てられてきた。兄のように扱われているようにも思う。
同時に、返済のために、一円単位まで気にして過ごす俺の事を、少なくとも紬は『守銭奴』だと思っているようだ。別にかまわないが。
これから俺は、新南津市心霊協会の、役員会議に出席する事になっている。役員となるのは、玲瓏院家当主の務めの一つだ。ただその実態は、多くの場合は接待をされ、夜の蝶が舞う店へと足を運んでばかりである。紬は、俺がキャバクラ好きだという事も疑っていない。
無論、エクソシストである俺が、女性に手を出す事など皆無なのだが。
紬も、そして絆も、俺の過去や、現在の仕事を知らない。
そもそも俺がエクソシストである事を知らず、周囲同様、彼らは俺には”力”が無いと信じている。だが、それで良い。俺の仕事は危険がつきまとう。俺は子供達には平和に暮らして欲しいのだ。だから今日も笑顔を浮かべ、借金の返済について考えていた。
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