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「おかえり、紬」
「どこに行くの? また、キャバクラ?」
「俺は、接待される時を除いて、自発的に行った事は無いけど、どうしてそういう発想が?」
「なんとなく」
「お金がもったいない。絶対に、おごりじゃなきゃ行かないね」
本心を述べた俺を、胡散臭そうに紬は眺めていた。まさか俺に、十億円もの借金があるとは――返済して九億五千万円まで減ったが……考えてもいないのだろう。
「心霊協会の役員の集まりだよ」
「今日は一日だよ? 毎月、十日じゃなかったっけ?」
「臨時集会なんだって。面倒な話だよ」
事実を述べてから、俺は外に出た。そこには玲瓏院家の黒光りする車がある。後部座席に乗り込んで、俺は緑色の紋付の袖を正した。
実際、今日の集まりは、いつものものとは異なる。
――玲瓏院結界に関する話し合いを、上層部で行うのだ。
走り出した車内で、縲は夏の気配を感じ取っていた。季節は初夏であり、玲瓏院結界の再構築は、例年通りならば、来年である。しかし前回の会議で、とある案が浮上したのだ。
――逃げ出そうとしている妖しも、一網打尽にするために、時期を少しはやめてはどうかという案である。俺はこの案に乗り気だった。理由は複数あるが――間接的にど言えど、紗衣を死に追いやった――そもそも己がこの国に来る契機となった、オロール卿の『本物』が、この都市にいると知っていたからだ。俺の中で、憎悪の象徴は、変わらず吸血鬼であり、そしてそれは、オロール卿なのである。
夏瑪夜明を名乗っている者の中で、本物に遭遇できる確率は非常に低い。
そして決して単身で相手にしてはならない怪異だ。
まさか偶発的にこの都市で顔を合わせる事になるとは思わず、俺は存在に気づかれないようにしているが――妻を失った悲愴と恨みを、晴らさないではいられない。
オロール卿が、戸籍提供の他に、直接的な何かをした事は無い。
だが、吸血鬼は存在が罪なのだ。
よって、オロール卿も、存在が罪であると言える。
そんな事を考えながら、俺は心霊協会の役員室へと入った。すぐに会議が始まるとのことで、各役員室からのみ通じる極秘の会談場所の扉を開ける事となった。
主要なメンバーは、俺、前瀧澤教会主席牧師の遊佐氏、御陵神社の前跡取り候補の由貴氏の三名である。そこに御陵神社からは、水咲という妖狐も来ていた。
「神社仏閣も教会も、クリスマスシーズンから年始にかけては多忙ですから、その時期に再構築が行われるとは、妖しも考えませんでしょう」
座ると、開口一番、遊佐氏が述べた。由貴氏と俺が大きく頷く。
基督教、神道、そして仏教。
この市の序列においてもNo,3である者達の会談だ。
この日は、その方向で進めるとして、会談は進んでいった。
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