……第一章:日常……

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「――あ、で、そ、そう。最後の三男は? 念のため、な」 「ああ、享夜くんかい? 上中下だとギリギリ中かなぁ。何せねぇ、視えないからねぇ、彼は。どちらかというと、僕から見ると、彼のようなタイプは、被害者である事が多いよ。だからローラも、彼から危害を加えられる事は無いんじゃないかな? 心配は不要だ。逆に、君が喰べる側に私には思えるね」 「ふぅん。そいつは、最近は、何やってるんだ?」 「最近? 特に変わった話は聞かないけれどね――……あ、けれど、そうだ、彼がという話ではないんだけれどね、前々から噂になっていたお化け屋敷が一軒あってねぇ。先日、テレビの取材が入ってから、賑々しくて、近隣住民にまで霊障が広まっていてね。大学にも要請が来ているから、多分、藍円寺にもお祓い要請が行っているはずだ。あそこは、元々は普通の民家なんだけど、私から見ても非常に危険性が高い。単独除霊は危険で、浄霊が可能かも現時点では不明だ。最悪、周囲に結界を展開して封印終了とするしかないだろうね。これまでも、そうなっていたんだけれど――無駄にテレビの連れてきた霊能力者が破ってしまったみたいだよ。そのタレント霊媒師が、玲瓏院出自の芸能人と顔見知りらしいから、これに関しては、揉めたくないって事で、玲瓏院家は動かないみたいだからね。分家とはいえ、玲瓏院筋の藍円寺家には、それとなくではあるだろうけれど、玲瓏院側からの依頼もあるかもしれない。本家だからね、断れないと思うよ。分家と本家の力関係が根付いている土地でもあるしね」 「へぇ。それ、その話、いつくらいからなんだ?」 「さぁ……そうだねぇ、もう二ヶ月くらいには、なるんじゃないかな?」 「もっとも、この土地に、玲瓏院結界がある限り、どんなに広まろうとも、この地方都市で心霊現象は完結するからね」 「――ああ。まるで蠱毒の如しだよな。一度入ると、弱い奴らは、外に出られないからな」 「ああ。時の偉人に評価されたという逸話の頃――……あれは遡ると鎌倉時代となるんだけれどね、この土地に霊を集めて、定期的に一斉浄化をするようにしたみたいだね」 「で、現地の人々は、生まれつき耐性が比較的高くなっていき、霊能力者も多く――結界なんて気にせず出入り自由の俺達からすれば、美味しい餌場と化してるわけか」 「そうなるねぇ」  そんなやりとりをしてから、夏瑪は絢樫Cafeをお暇する事に決めた。  現在――夏瑪夜明は、霊泉学園大学で民俗学科の教授をしている。  天然物の銀糸の髪をしていて、切れ長の瞳は瑪瑙色だ。  彫りの深い顔立ちを、洒落た眼鏡で隠している夏瑪は、外見は三十代半ばであり、教授にしては非常に若い。無論それは外見年齢であり、彼はローラと同じ、吸血鬼だ。ローラとは、スラヴで己の起源――吸血鬼伝承を調べていた際に出会ってからの縁である。  細い紙巻きの葉巻を口に銜えながら、この日夏瑪は街に向かった。  ローラに店へと招かれた帰りである。  夕暮れの空は、まだ夏だという事も手伝い、胸騒ぎを誘うような紫色をしている。  吸血鬼ではあるが、日光や十字架といったものは、何の害にもならない。  ――一般的な品であるならば。  しばらく歩いていくと、瀧澤教会が目に入った。プロテスタントに分類可能な基督教系のそれなりに歴史のある教会だ。ただ現在では、瀧澤家の人間は、一人は心霊協会の役員となるものの、瀧澤学院という私立の学校経営を主要な仕事としているらしい。  夏瑪は――仏教徒でも神道の人間でもない。強いて言うならば、人であった古の過去には、それこそキリスト教徒だった。まだ当時は、ルターがいた記憶もなく、ルーテル関連のプロテスタントの宗派は無かったように思う。とはいえカトリックだった記憶もない。己がどこの国で生を受けたのか、夏瑪は意識しなければ思い出せない。  瀧澤教会の礼拝堂を含め、地上にある建造物は非常に新しく、洗練されている。  だがこの教会に関しては、問題なのは地下であると、夏瑪は知っていた。
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