……本編……

13/205
前へ
/205ページ
次へ
 空を白い鳥が飛んでいる。もう少し日程がずれていたら、台風が直撃する所だったが、幸いなのか不幸なのか、俺達が乗る船は出港してしまった。船になど乗った事が無かった俺であるが、酔い止めを先に飲んでおいたのが功を奏しているのか、幸い吐き気などは無い。まとめた荷物の隣に座り、俺は船室を見渡した。大部屋に今回のロケ班のメンバーが全員いる。この中で、芸能人は、俺と兼貞のみである。他はスタッフと、マネージャーの相坂さん、兼貞のマネージャーの遠寺さんという男性だ。総勢九人での旅である。  三泊四日の予定らしい。  一日目は設営し(……一応、廃ホテルだが泊まれるようだ)、二日目はホテル、三日目は廃村を撮影し、四日目に船で戻る予定である。朽ちたホテルだとは言うが、屋根はあるそうだ(……)食事はスタッフさんが作ってくれるらしい。  正直言って、行きたくない。なにせ、この船自体に既に変なものがウヨウヨいるのだ。元村民だという漁師さんが船を出してくれているのだが、その船の中には村に引き寄せられるように浮遊霊が集まっている……。  砕果島に到着すると、逃げるように漁師さんは帰ってしまった。俺も帰りたい。 「ここ、か」  砂浜に立っていた俺の隣で、兼貞が呟いた。何を格好付けていやがる。船でも平然としていたくせに。視えないくせに視えるフリなどすべきではない。俺の中で、兼貞は視えない人認定が既に下されている。 「行こうか」  兼貞が俺を見て微笑した。仕切るなという話である。この役立たずが! 全般的にお前の尻拭いで俺はここにいるんだぞ? と、怒りたくなったが、無論俺は天使のような笑みを心がけた。  坂道を上っていく。両側は林で、遠目に朽ちた民家が見えた。廃ホテルは最初から見えていた。赤茶けたら煉瓦じみた色彩の五階建てのホテルである。 「一応ベッドが使える部屋が一つだけあるから、KIZUNAと兼貞くんは、そこに泊まってね」  相坂さんが俺の隣を歩きながら言った。俺は小さく息を呑んだ。 「相坂さんはどうするんですか?」  相坂さんを含めて、スタッフの中にも一名女性がいる。芸能人の俺達よりも、女性陣に使ってもらうべきなのではないのだろうか? 「私と、京子(きょうこ)ちゃんは、逆に怖いから大勢でまとまってる方が良いかなって」 「な、なるほど……」  俺だって怖いのだが。それも役立たずの兼貞と二人なんて怖すぎるのだが。  しかし兼貞は微笑しているだけだ。 「有難うございます、いつでも代わりますからね」  兼貞がそう言うと、相坂さんが僅かに赤面した。無論俺の事は見慣れているというのもあるだろうが、俺に対しては決して向けられない反応である。酷い話だ。  こうしてホテルに到着した。俺は兼貞と共に、階段を登る事となった。エレベーターは動かないらしい。二階の一室が俺と兼貞に宛てがわれた部屋で、事前に一度訪れたスタッフさんが、その時伴っていた人にベッドメイクを頼んだようで、かろうじて眠れるようになっていた。入って右側の寝台の上には子鬼、左側の寝台の上には生首がある。俺は子鬼の方がマシなので、それとなく右側へと向かい、荷物を置いた。  それから兼貞の様子を窺った。すると兼貞は――生首の真上に荷物を置いた。やはり視えている様子は無い。そうは思ったが、タイミングよく、すーっと生首が消えたので、俺は内心で少し安堵もしていた。いくら宿敵とはいえ、霊障で具合がなる姿を見るのは心苦しい。 「KIZUNA」 「はい?」  いきなり声をかけられて、俺の思考が途切れた。見れば兼貞が、窓の前まで歩み寄り、俺を見ていた。
/205ページ

最初のコメントを投稿しよう!

167人が本棚に入れています
本棚に追加