……本編……

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「KIZUNAって本名?」 「一応」  絆が名前ではあるが、決してローマ字では無い。俺が曖昧に頷くと、兼貞もまた何度か頷いた。 「どんな漢字を書くんだ?」 「絆されるとかの、絆です。糸偏の」 「絆、かぁ。俺も本名なんだ」  だからなんだというのか。そう思ったが、俺は愛想笑いをしておいた。 「絆は、得意のお経は読まないのか?」 「……ロケでは読むと思います」  俺はひきつった顔をしてしまいそうになった。なにせ、子鬼に対しては、玲瓏院経文は効果が無さそうだからだ。そういう意味では生首には効果があったかもしれないが。ただ、子鬼に関しては、俺が身につけている数珠で対処可能だ。玲瓏院家に伝わる品である。 「もっと気軽に話してくれて良いんだけどな」 「兼貞さんは良い方ですね」  俺は心にもない事を述べた。すると兼貞がクスクスと笑った。 「呼び捨てで良いよ。遥斗で良いし」 「……」  絶対に嫌だ。というか兼貞は、何故俺と親睦を深めようとしてくるのだ。 「なぁ絆」 「はい」 「このホテル、どう思う?」  どう、って? 俺としては、早く帰りたいとしか言えない。呪鏡屋敷や例の廃病院と比較するならば現在までに脅威とは感じないが、空気が澱んでいるのは間違いない。  ただ、見た限り、本当にヤバイのは、このホテルではなく、廃村のようである。何か陰惨な事件が起きた気配がするのだ。そう思いつつ俺が沈黙していると、兼貞が今度は俺に歩み寄ってきた。 「基本的に俺は見てるから、頑張ってな、絆」 「……努力は」  そう答えるのが精一杯だった。役立たずだと再確認してしまった。何だよ、見てるって。せめて台本の通りに口を動かす事を祈る。  その後俺達は、階下に揃って降りた。そして赤外線カメラや温度計などが設置されているブースへと向かった。モニターも並んでいる。ここを拠点に、ホテルの内部を探索する事となる。この日はそのまま、皆でお弁当を食べた。俺達の滞在中だけ、電気が復活しているそうで、かろうじてシャワーとトイレは存在するといったレベルの朽ち具合である。 「ねぇねぇ、いるの?」  相坂さんが俺達を見て、声を潜めて聞いてきた。周囲のスタッフも聞き耳をたてているのが分かる。尤も、俺からすれば、霊が存在しない場所を見つける方が(実家を除いて)比較的難しいのだが……。 「部屋には生首がいましたよ」  すると――兼貞が言った。驚いて俺は顔を向けた。え? 視えていたのか? 嘘だろ?  ポカンとしていると、兼貞と目が合った。兼貞が悪戯っぽく笑っている。 「女の生首でした」  その場が静まり返ったが、俺は白けた。確かに生首はあったが、部屋の生首は女のものではなく、オッサンだった。当てずっぽうか。一気に肩から力が抜けてしまった。全く、先が思いやられる。それとも微かには視えたという事なのだろうか?  こうして、一日目が始まった。
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