……本編……

2/205
162人が本棚に入れています
本棚に追加
/205ページ
 俺は視えるだけであるから、このようにして、自分ひとりで太刀打ち出来無い場合は、家族を頼りにしている。  その後、昼食を取りながら、俺はトークアプリで、紬に連絡をした。 『ゼミが終わったら、校門まで来い』  紬は家族であるから、猫をかぶる必要も無い。撮影場所から、紬が通う霊泉学院大学までも、移動時間を考えると講義終わりで丁度良さそうだった。紬は基本的に大人しいから、俺が頼めば来てくれる。 「連絡をしておきました」 「本当に有難うね!」  相坂さんは満面の笑みだ。俺はその後、ロケ弁を食べてから、相坂さんが運転する車に乗り込んだ。走ること一時間半。霊泉学院大学は、新南津市の山の上にある。新南津市は、ド田舎だが、俺が撮影をしてきた都内からのアクセスはそこまで悪くはない。  車から降りて、大学下の正門に向かうと、チラホラと視線が飛んできた。それに気づいて、俺は天使のような笑顔を浮かべた。 「KIZUNA様……!」 「格好良い……!」  声が飛んでくる。直後俺は囲まれた。ここには高等部までの同級生達の多くも通っているが、だからというよりは俺が芸能人だから囲まれている。芸能界では、俺はNo.1ではないが、近所では俺はNo.1であるし、オンリー1だ。  俺は両頬を持ち上げて、気弱そうな顔をしつつ、サインの要求にも優しく応えながら、その場で、弟を待った。 「絆!」  そこへ弟の紬がやって来た。一卵性双生児の俺達は、顔の作りは全く同じである。ただし、服装の方向性が百八十度違う。一昔前の言葉で表現するならば、俺はコンサバだ。お兄系の美青年だ。一方の紬は、裏原系とでも言うのか、洒落た大学生風である。俺は流行に囚われないが、紬は流行の最先端(ただし個性派で派手ではない)といった感じだ。 「おかえり、紬」  俺は微笑し、その後周囲に手を振って、背後にあった相坂さんの車に乗り込んだ。優しい兄の演出も完璧だ。俺に続いて、紬が後部座席に乗り込む。紬が扉を閉めたのを見て、俺は表情を通常のものに戻した。ずっと笑っているのは疲れるのだ。  足を組んで紬を見る。そして疲れたから、思わず溜息を零した。 「相変わらず、紬は霊能力が高すぎて、浮遊霊のひとつも寄せ付けていなくて尊敬する」  人ごみには、それだけ、浮遊霊も混じっているのが常だ。しかし紬がやって来た途端、全て消え去った。俺の弟の紬は、歩く心霊現象掃除機とでも言うしかない。紬の神聖な気配に耐え切れず、怪異の類の多くは消え去るのだ。 「実は、次のロケ現場なんだけどな……夏に放送される心霊特番用の撮影現場。俺には難易度が高すぎてな。紬なんかに頼むのは、心から嫌だ、が――そ、そ、その。一緒に来て、浄霊を頼みたいんだ……」  俺は相坂さんにはあまり聞こえないように、小声で告げた。普段天使を装っている俺であるが、紬の前では素が出てしまうのである。
/205ページ

最初のコメントを投稿しよう!