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「――はい。という事で、砕果島の廃ホテルでした」
俺と兼貞がMCを務める心霊番組の撮影が始まった。三十分ほどの番組なので、一回につき、ロケは一回程度らしい。基本的にはゲスト芸能人が周り、俺と兼貞は解説や反応する事がメインなのだが、初回は先日のロケが放送されるので、砕果島について本日は収録している。
まとめた兼貞の言葉に、俺は天使のような笑顔を浮かべた。俺は除霊担当のような扱いである。本当に不服だ。だからなのかMCとしての台詞は、兼貞の方が多い。
「お疲れ」
撮影が終了すると、兼貞に肩を叩かれた。気安く触るなと思う。しかしここには兼貞以外も大勢いるので、俺は天使のような笑顔を浮かべるしかない。
「お疲れ様です」
「今日の撮影はこれで終わり?」
どうせ俺には、そんなに大量の収録はありませんよ! いちいちイラっとさせる奴である。現在、午後六時。
「ええ」
「俺も終わり。今日は早いんだ」
そりゃあようございましたね! 忙しくて何よりだな! わざわざ『今日は』なんて言わなくてもいいだろうが! 笑顔のままで、俺は内心ささくれ立っていた。
「今日こそ食事行かないか? 前々から行こうって言ってただろう?」
「――え?」
俺は続いて響いた言葉に、思わず素の声を出してしまった。確かに兼貞は前々から俺に対して何故か「食事」と繰り返してきたが、約束した記憶などない。絶対にプライベートでまで一緒に過ごしたくない。
「あら、そうだったの! 親睦を深めるにも良いわね。送るわよ!」
すると相坂さんが嬉しそうな声を上げた。おい。俺は行くなんて言ってないぞ……。大体キス魔と深めたい親睦など無い。
「よろしくお願いします」
兼貞が相坂さんに対して微笑した。相坂さんはにこやかだ。おいおいおい。
「兼貞くんよ、明日は久しぶりのオフだし、楽しんでくるのは良いが、あんまりハメを外して撮られるなよ」
そこへ兼貞のマネージャーの遠寺さんが声を挟んだ。止めてくれよ……。だが周囲を見回すとスタッフさん達の多くが、こちらを微笑ましそうに見守っている。どうやら共演NGの話は皆が知っているらしく、当初は俺と兼貞が険悪だったらどうしようかと悩んでいたらしい。俺としては険悪なんだよ! みんなの前で出さないだけだ!
しかしそのまま流れで、俺は兼貞と共に食事に行く事に決まってしまった。何故だ……。相坂さんに送られて、俺と兼貞は、収録したビルからほど近い創作居酒屋へ向かう事となった。全室個室である。
「何飲む?」
「兼貞さんは?」
「口調、いつも通りで良いよ」
「……これが、俺の『いつも』です」
「またまたぁ」
「……兼貞」
「そう、そう、それそれ。俺、絆に名前呼ばれるとキュンとする」
「黙れ。気持ち悪いな!」
何か。コイツはドMなのか?
「俺は生絞りキウイサワー。で、絆は?」
「チャイナブルー」
「了解。何か食べたいものはあるか?」
「豆腐」
「揚げ出し? やっこ?」
「どちらでも良い」
「じゃあ豆腐サラダにしよう。他は適当に頼むぞ」
兼貞が店員呼び出しボタンを押した。
……。
俺と違って飲みなれているのかもしれないが、注文の頼み方だったり俺への聞き方だったりが、とても手馴れていてサクサクと進んでいく。
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