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そのようにして、この夜も更けていった。
――翌週、俺は新居に引っ越した。あとは、荷物を整理するだけだと考えていた時、インターフォンの音がした。扉に向かうと、兼貞が顔を出した。そして中に入ってすぐに、俺の事を両腕で抱きしめた。
「引越し蕎麦、一緒に食おうな?」
「そうだな」
「これから、新生活の開始か。気持ちはどうだ?」
「ずっと実家だったから、一人暮らしは、その――なんというか、気配と音が無いのが逆に気になる」
「それが落ち着くようにもなる。いいや、ならないか」
「え?」
「毎日俺が会いに来るからな。あるいは、絆が俺のところにくる。ま、そう言う意味では、新しい毎日の始まりなのは間違いないけど、俺は絆を一人にしない。ずっと、俺達は一緒だろ?」
兼貞はそう言うと、俺の唇を掠め取るように奪った。その感触に、俺は思わず破顔する。
このようにして……人生とは、何があるか、本当に分からないものであるが、俺は無事に、俳優として独り立ちできる事になった。前後して、かけがえのない恋人を得た。
「なぁ、兼貞」
「なんだ?」
「ありがとうな」
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