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「乾杯」
「……乾杯」
すぐに酒が届いたので、俺はグラスを合わせた。普段は一縷の望みにかけて成長期は終わっているが牛乳ばかり飲んでいる俺としては、アルコールは久方ぶりである。我が家は祖父は酒が好きだし、接待では縲も飲んでくるらしいが、基本的に縲も家では飲まない。
縲というのは、俺と紬の父親である(多分)――実子だったら十三歳で俺と紬を設けた事になる若作りの三十四歳なので、俺と紬は呼び捨てで呼んでいる。なお、俺と紬の顔面造形は、縲譲りだ。だから俺は多分、本当の父親なのだろうなと考えている。まぁ血縁関係は実際にはどちらでも良い。どうであっても縲は俺の父親だ。
「このご時世に、心霊番組っていうのも珍しいよな」
兼貞が雑談を振ってきた。それは俺も同様の事を思うので、頷いておく。
「だけど絆とMCが出来て、俺は嬉しいよ」
「へぇ」
「絆も俺と一緒で嬉しいだろ?」
「別に」
「――視聴率的に」
「煩い」
「……絆にとって、俺って無価値?」
「は?」
何を言いたいのだ、コイツは。俺はチャイナブルーを飲みながら、目を据わらせた。すると兼貞が寂しそうな顔をした。
「俺としては、絆と仲良くなりたいし、絆の中で特別になりたいんだけどな」
「特別? 安心しろ。特別にライバル視はしている」
「ライバルかぁ。対立方向で特別でもなぁ……」
そんなやりとりをしている間に、料理が全て届いた。兼貞は串焼きの盛り合わせから竹串を箸で外しつつ、嘆息している。俺は豆腐サラダを見ていた。俺もなにかして取り分けるべきなのかもしれないが、家では全て玲瓏院一門の関係者がやってくれるし、数少ない業界飲みでも相坂さんが取り分けてくれるから俺は酒を注ぎに回るだけだし、やり方が分からない。
「はい、どうぞ」
「悪いな。兼貞も食べてくれ」
というか別に気を使わず食べれば良いのに。この兼貞のマメさというか恭しさは、男の子を口説き落とそうとしている時の女という雰囲気だ。俺にはないものである。
俺はこれでもモテる上、玲瓏院家次期後継者として一目置かれていた紬とは異なり、高等部の頃までは合コンに高頻度で呼ばれた。俺の方が、紬より近寄りやすかったらしい――無論、それは俺の外面が天使だからであるが。今頃、あいつらは何してるんだろうな。俺に話しかけてきた多くは、霊泉に持ち上がり進学したから、紬の同窓のはずだ。
「絆は素の方が良いな」
「言うなよ、他の人に」
「何を?」
「その……俺が猫をかぶってるって」
「あーね。俺だけが知ってれば良いというか、その方が親しみを感じるから言わないよ」
なんだそれは。俺は疲れてきて、グイとチャイナブルーを飲み込んだ。意外と美味い。
「俺さ、ずっと絆の事ばっかり考えてるんだ」
「は?」
「あんまりにも、美味しかったから」
「だから、は?」
「絆の『気』――日常的に欲しいなぁって」
「兼貞……お前、自分がおかしいって思わないのか?」
「全然」
頭痛がするというのは、この事だろう。
俺は二杯目を注文する事に決めた。
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