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「具体的には、僕は何をしたらいいの?」
紬は飄々とした声で応えながら、俺を見た。無表情というわけではないが、そこに動揺は見えない。俺は腕を組みながら、嘆息した。
「い、いつもの通り、お前はそこにいてくれたら、それで良い。紬がいるだけで、勝手に消えていくからな。お前は、歩く心霊現象掃除機だ」
事実を述べると、何でもない事のように紬が頷いた。
「よろしくね」
そこへ相坂さんが声を挟んだ。やっぱり近距離に居るため、聞こえていたのだろう。俺も彼女の前では素を出しても良いかと判断しているので、相坂さんの声に赤面している紬の事を眺めているだけにとどめた。
こうして俺達はロケ現場に入った。
入った瞬間から嫌な感覚がして、俺は吐き気がした。しかし吐くなんて天使らしくないし、番組では除霊は俺が担当した事になるため、気を引き締める。
「すごい浮遊霊だな……」
俺は、思わず台本にない事を呟いてしまった。台本においては、この廃病院には、少女の霊が巣食っている事になっているのだが、実際にはもっとヤバイものが多数いる。俺は目の前を横切っていく一反木綿を見ながら、遠い目をしてしまった自信がある。
「僕、どうしたら良い?」
その時、小声で、紬に問われた。俺は、周囲を一瞥してから、告げる。
「全ての階を歩き回ってきてくれ。それだけで浄霊される」
「あ、うん。お礼は、アイスで良いからね」
「アイス……」
アイスで除霊がなされるのならば安いほうだろう。俺は知っている。この三百分の一以下の、浮遊霊一体であっても、一件につき七万円は支払われる代物だ。実際、俺の親戚の藍円寺享夜などは、それでご飯を食べている。
「絆くん、カメラに向かって、ここの状況をもっと詳しくお願い。台本は無視しても良いから!」
相坂さんの声に、俺は頷いた。そしてカメラを一瞥する。
ここは、本当にヤバイ。
俺は、霊視した結果を滔々と語った。まずは少女の手術の失敗から。彼女が形成する霊場に、次々と囚われていった他の患者について、それを喰らおうとやってきた更なる怪異や、引き寄せられた妖怪の存在に至るまで。スタッフ達は、どんどん顔面蒼白になっていく。しかし事実なのだから仕方がない。
「終わったよ」
俺が撮り終えた所に、紬が帰ってきた。俺は吐息した。紬が歩き回ったおかげで、先程まで語っていた怪異は全て消滅していたからだ。あとは、俺が消滅させた風に、お経――玲瓏院経文という、我が家に伝わるお経を唱えれば終了である。
俺はカメラを背後に歩き回りながら、経文を唱えて手を合わせた。
――紬が排除した霊達が、少しでも幸せになりますようにという想いも一応込めた。
こうして、俺の夏の心霊特番のロケは終了したのである。
って、何をやってるんだ、俺。
俺は、オカルトを売りにしたいわけじゃないのに!
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