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突然過ぎる言葉に、俺は意味が分からなかった。呪鏡屋敷というのは、新南津市に存在するお化け屋敷だ。二階に呪いの鏡がある元民家である。俺の玲瓏院家の他、新南津市に存在する心霊協会の人々で、強固な結界を構築して封じている存在だ。
「今日、うちの兼貞がロケに行ったんだけど、ちょっとねぇ」
「え、あそこにロケですか?」
自殺行為である。俺は目を見開いた。すると困ったように、頷かれた。
「結界、っていうのかな? 破っちゃったようでねぇ……こちらからも専門の人間を手配しているから、玲瓏院家には動かないで欲しいんだ」
「あの、映画のお話じゃ?」
「――ああ、そうそう。そうだったね。兼貞と一緒に主演を務めて欲しいんだ。だからくれぐれも、お家の方々には動かないよう、よろしくね。既に連絡はしてある」
……。
俺は最初、事態が飲み込めなかった。
その後帰宅して話を聞くと、経緯はこうだった。何でも、数日前に、どこぞの馬鹿な大学生が、呪鏡屋敷の結界の一部を破壊していたらしい。その者達は当然病院にいるそうだ。そこへうっかり、兼貞遥斗達がバラエティ番組内の心霊特番でロケに入り――完全に結界を破壊してしまったのだという。
「先方も非常に外聞が悪いゆえ、専門の者を寄越す手配をしたようだ。して、玲瓏院には動かないで欲しいとの依頼じゃった」
俺に、兼貞の事務所から連絡を受けていたという祖父が、そう語った。複雑な心境である。
「俺の事は構わず、玲瓏院で出てくれ」
「そうはいかぬ。折角の仕事の話なのじゃろうて」
「け、けど……」
「なぁに。玲瓏院が動かずとも、藍円寺に頼めば良い。享夜ならば適任じゃ」
祖父の言葉に、俺は藍円寺享夜という名の親戚の顔を思い浮かべた。実際、除霊でご飯を食べている住職なのだから、適任かもしれない。
「……」
しかし言葉が出てこない。
W主演とはいえ、映画の話は嬉しいが、いくらスポンサーサイドの意向だと言われても、この状況では、それが嘘であるのは明白だ。俺に映画という餌をぶら下げて、兼貞の事務所は、この件をもみ消すつもりなのだろう……。
悶々としたまま、俺は数日間過ごした。
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