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本日は、朝から紬が、藍円寺に出かけている。祖父の話によると、呪鏡屋敷への結界再構築で用いる法具の準備を手伝いに出かけたらしかった。日中は本日も心霊現象関連の特番の撮影をし、帰宅してからは不甲斐ない思いで、俺は紬の帰りを待っていた。紬が帰ってきたのは、夜も更けてからの事である。
「どうかしたの? 今日は、撮影は? ついに仕事が無くなったの?」
靴を脱ぎながら、紬が失礼な事を言う。俺はムッとした。
「――残念ながら、今日も俺は、夏の特番の収録があった。そっちの路線で行きたいわけじゃないが、夏は稼ぎ時だからな。仕方がない。これも、下積みの辛抱だと信じる」
「頑張ってね」
「あ、いや、そうじゃない。違う、その多忙な俺が、わざわざ待っていてやったんだ。ありがたく思え」
適当に流されそうになったので、俺は慌てた。きちんと用件を伝えなければ。
並んでリビングへと向かってから、俺は紬を見た。すると目が合った。
「ところで、僕を待っていたって、何か用?」
「――享夜の所へ行ってきたんだろう?」
「うん、まぁ」
それを聞いて、俺は溜息をつきそうになった。藍円寺享夜は、俺にとって一応は兄のような存在である。昔から俺は、享夜に構ってもらった。お世話にもなっていると思う。それが今回は、恩を仇で返すような形だ。
「俺にも責任があるから、申し訳ないと思ってな」
「絆に責任?」
「ああ。俺のライバルタレントが、ロケにさえ行かなければ、例の『呪鏡屋敷』には、玲瓏院で堂々と結界構築に向かえたわけだからな」
俺はなるべく平静を装い、そう告げた。紬は野菜ジュースを冷蔵庫から取り出している。俺は牛乳を取り出した。
「絆」
「気にするなと言ってくれるのか?」
弟の優しい慰めを、俺は多分期待していた。
「ううん、そうじゃなくて」
「いや、言えよ。俺もそれなりに責任を……」
「ええとね、その方向じゃなくて、別の事を気にしなくていいよ」
「どういう意味だ? 享夜がそう言っていたという事か?」
「違う。絆は売れてないから、ライバルなんていないし、気にしなくていいと思うよ」
俺は咽せた。牛乳を吹くかと思った。
「俺はこれでも、秋には連ドラの出演も決まっているんだぞ。この前撮影が終わった所だ」
「何回出るの?」
「五回」
「何役?」
「――ヒロインの大学の同級生だ」
「役の名前は?」
「……通行人C」
明らかに紬が吹き出すのをこらえていた。通行人役だって重要だと思うのだが。イラっとしつつ、俺はソファに移動した。紬の正面に座る。
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