浅見川市怪奇譚 10

1/6
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 私はボイスレコーダーのスイッチを切った。到着と同時に降り始めた雨はとうに上がって、窓の外、庭先の木蓮が青々とした葉から大きな滴を落としている。壮年の男は穏やかにほほ笑んだ。 「インタビューはこれで終わりかな?」 「はい、ありがとうございます」 「これからまた、仕事はあるのかい?」 「いえ、今日はここまでです」 「じゃあ、ポットの紅茶が無くなるまで、少し話に付き合ってくれないかな。あなたは私の話をとても丁寧に聞いてくれた。……オフレコで頼むよ? たくさんの人に聞かれたい話じゃないんだ。だけど、いつか誰かに聞かせたいと思っていた話なんだ。妙な出来事で、もしかしたら君は『じじい、耄碌(もうろく)してんのか』と思うかもしれない」 「そんな風に思わないと思ったから、聞かせてくれる気になったのではないですか?」 「その通りだ。だから、どうか頼むよ」  私が頷くと、男は椅子にもたれていた背をゆっくり起こし、まるで内緒話をするように顔の前で手を組んだ。 「目を覚ましたらだったか、気付いたらだったか。私の目の前は真っ白だったんだ」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!