第二章 城崎陽葵を狂わせたのは

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 三階の空き教室に、私達はいた。ここは滅多に人が立ち入らないので、話し合いをするには最適の環境だった。  本当は未だに信じられない。千種が死んだのは自殺じゃなくて、他殺だっていうことに。  やっぱり、苦しい。あの頃のように振る舞うなんてできない。知らないままにしたくない思いはある。でも、知るのだって怖い。千種が殺されたなんて、信じたくない。  私の葛藤を置き去りに、話し合いは始まる。 「千種が死んだのは一六時三十分頃だった。その時間帯は、下校する生徒もいれば、部活動をしていた生徒、校内で補習を受けていた生徒もいる。外部の人間が立ち入れば目立つはずだっただろう。だから必然的に、犯人は校内の人間ということになる」 「まさか、生徒が……?」  尋の予想に蓮が食いつく。 「その可能性が高い。お前ら、その時間帯って何してたか覚えてるか?」 「俺は下校途中だった。千種が死んだのを知ったのは、その日の夜だ。遥太からLINEで聞いたよ」 「僕は生徒会室で生徒会の仕事をしていた。そしたら突然グラウンドが騒がしくなって、それで知ったんだ」  蓮、遥太と順に話して言って、三人の視線が私に注がれた。 「……私は校門にいた。帰ろうとしてたら、背後から悲鳴が聞こえて、それで、千種が倒れてるのを見た」  私はあの時、実際に千種の死体を見た。思い出したくはないけど、簡単に頭の中から離れるわけがない。ずっと、ずっと、残り続けている。地面に潰れてひしゃげた彼女の身体は、原形を留めておらず、見るも無残な姿をしていた。  思い出して、一瞬吐き気を催した。喉の奥から、何かがせり上がってくるのを感じた。慌てて口を手で塞ぐ。幸い三人にはばれていない。溢れそうになったものを、一思いに押し返す。  危なかった。今のは本気で吐きそうだった。気をつけなきゃ。 「あ……」  そう零したのは遥太だった。 「どうした?」 「あ、いや、実はさ……生徒会室には僕ともう一人、東堂がいたんだ」  東堂悠成は、私達のクラスメイトで、現生徒会長の男子だ。 「確か彼……千種が飛び降りるちょっと前に、トイレに行くって言って生徒会室を出ていったんだ」 「偶然だろ」と蓮が言う。確かにそれだけの理由で、犯人だと断定するにはあまりに軽率だ。 「僕もそう思ったよ。でも、あの時やけに帰りが遅かったんだ。理由は聞かなかったから、何をしていたかはわからないけど」 「そういえばさ。あいつ、千種と同じで写真部だったはずじゃないか? 何か知ってるかもしれない」 「聞いてみる価値はある、か」蓮が言う。「東堂の居場所は?」 「多分、生徒会室じゃないかな。文化祭の仕事が山ほどあるし」 「なら早いとこ聞き出そう」  尋の合図で三人が席を立った。私もすぐに立とうとしたけど、思うように腰が上がらなかった。 「陽葵? どうしたの?」  私の異変に気付いたのは遥太だった。つられて尋と蓮も私を見る。 「あの、さ……。千種って、みんなの前では明るかったじゃん。でも、あの子時々するの。心ここにあらず、みたいな顔。それってやっぱ、何か関係あるんじゃないのかなって、思う」  彼女は基本的に明るい子だった。けどたまに、ごくたまに、虚空を見つめているような表情をすることがあった。  ――毎日毎日つまらない。  初めて千種と話をした高架下。ぽつりと零した一言。そこには、彼女の本心があったように思う。あの時の彼女の顔は、絶望の淵を見ていると形容しても差し支えないほどに、生気を感じられなかった。 「僕は、わからないな」  そう言ったのは尋だった。 「それにもしそうだったとしても、千種が殺されたのとは結び付かない」 「でも、本当にあったんだよ。尋だって思い当たることあるんじゃないの?」 「あったなら、真っ先に気付くよ」  千種と一番よく一緒にいたのは間違いなく尋だ。彼が気付いていないだけ? それとも気付いていて、知らないふりをしているのだろうか。忘れたい、からだろうか。それなら私だって同じだ。彼女との思い出は、美化されたものだけでよかった。  でも―― 「陽葵が千種のこと気にかける気持ちはよくわかる。でも、今は急ごう。少しでも手掛かりがほしい」 「……そうだね。ごめん、変なこと言って。行こう」  ――でもあれは、絶対に気のせいなんかじゃなかった。
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