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夏休みになった。
学校に行かなくていいので、麗香には会っていない。学校の帰りでも満月の姿はこのところ見ていなかった。
忙しいのかな。それとも諦めた?
朔は桃におやつのフルーツゼリーをスプーンですくって食べさせながら考え事をしていた。
リビングのテレビには幼児用ビデオが流れている。桃の好きなキャラクターが歌いながらダンスをしていた。桃はゼリーを食べながら体を揺らしている。
可愛らしい姿に朔は頬が緩んだ。
ゼリーを食べ終わり、画面に動物園の動画が流れた。
ライオン、キリン、シマウマ…
すると桃はテレビ台の引き出しを指差した。
「にーた、にーた」
いつもの事なので朔は直ぐに察して、引き出しからスケッチブックとクレヨンを出した。
まだ何も描かれていない白い画用紙を開くと、
「これなーんだ」
言いながら黄色いクレヨンで書き始めた。なが~い首、長い足、体には茶色のクレヨンで模様を描く。
「きいん!」
「当たり!」
よく分かったねと桃の細い髪をくしゃくしゃと撫でる。
そしてまた、
「これなーんだ」
グレーのクレヨンで大きな体、大きな口、短い足、水の中。
「あば」
「当たり!」
すごいねと今度はほっぺを両手で挟んだ。丸いほっぺがとんがりお口になる。
「もっと」
「もっと?」
桃に頷かれ、朔はう~んと考え、また書き始める。
「これなーんだ」
銀色のクレヨンで尖った耳、口からは犬歯が見え、なだらかな体、ふさふさな尻尾、足はがっしりと地面を踏みしめている。
「う?わんわ?」
桃は首を傾げながら言った。
「何々?」
休みだった陽子が覗き込んだ。
「相変わらず上手ねえ」
感心して言う。
「これキツネ?この尻尾は違うかな、狼かしら」
「狼?」
「でもこんな色の狼って居ないわよね」
「おーかむ?」
桃が陽子に言ってきゃあきゃあと笑った。
朔はじっと自分の描いた絵を見つめる。
朔はずっと動物園には行っていない。
小学校6年までは行ってたが、その後は動物に近寄ると怯えられたり唸られたりするようになった。そんな状態では動物を見に行くことすら難しい。
近所の飼い猫すら朔に撫でさせてくれなくなった。
近寄ると毛を逆立てながらすごい声で唸られるか、怯えて逃げられた。
犬も同様だった。
今では朔が触られるのは倫の飼い犬豆太だけだった。
たまに部活が休みな時、豆太と遊ばせてもらった。
じーちゃに会えなくなってからの朔の唯一の癒しだった。
狼はテレビでは見たことはある。動物の番組が好きで、そこで狼の特集をやっていたことがあった。
狼は群れで行動する。仲間や家族を大事にする。ライオンのようにたくさんのメスを番にせず、ただ一頭とだけ一生番う。
じーちゃは狼なんだろうか。
この絵はじーちゃを描いたつもりだった。
でも狼はペットにはできない。
日本にはもう狼は生息していないと倫が言っていた。
じーちゃは狼に似た狼犬なんだろうか。
じーちゃは…
そこまで考えて朔は首を左右に振った。
じーちゃが狼でも犬でもいい。どこかで元気で居てくれたら、それでいい。
きっと生きてる。
またいつか会える。
それが僕の希望だ。
その希望、夢のために僕も頑張ろう。
そう心に誓った。
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