終わりの世界の謹賀新年

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 校舎の壁にはツタがはびこり、たくさんある教室も机は倒れ、窓は割れ、空白という空白には落書きが施されている。    まともな教室は2-Aただ一つだけ。だが、そこすらも壁にヒビが入っている。ここまで維持するのがやっとだった。  晶は二つしかない机の上にお行儀悪く足をぶらつかせて腰かけた。 「このクラスも私たち二人だけになっちゃったね」 「仕方ないよ」    隣の席に頬杖ついておとなしく座った遥は、カーテンもないむき出しの窓の方を向いたまま答える。  雪は降らない地方だが、この季節はやはり冷える。  入学したころ、このクラスいっぱいにいた同級生たちは一人また一人と消えていった。  昨日、最後まで残っていた高校教師が消え、これで本当に二人きりだ。 「ねえ、私たちなんで生きているんだろうね?」 「死にたくないからじゃない?」  我ながら消極的な理由だな、と遥は思う。  小学生の時分ですら、もっとゲームがしたいからとか、あの漫画の続きが気になるからとか、もっと前向きな気持ちで生きていた気がする。  みんながいなくなってしまって、校舎も道も街も全部ボロボロ。それでも太陽光発電が生きているから、どういう仕組みか分からないけれど、工場からは決まった食べ物が供給されるし、服も水道にも困らない。  やることがないから、暇つぶしに晶なんかと仲良くなってしまった。 「知ってる? もうすぐ年末なんだよ」 「まだ日にちなんて数えていたの?」  世界がこんなに滅茶苦茶になってしまったのに、一日とか二日なんて単位に意味があると遥は思えなかった。 「一応、今日は12月31日」  年の瀬もいいところだ。 「紅白とかやってたよね」 「うちはカウントダウン派だった」  テレビはとっくに放送をやめ、神社も荒れていれば、おせちが手に入ることもない。年末年始の風物詩といえるものはもう何もなかった。    原始時代みたいだ。 「昔の人はどして年末なんて祝ったんだろう」  ただの寒い日なのに。 「来年もマンモスに食べられず、無事でいられますようにってことじゃない?」  一理ある、ような気がする。図書室に行けば答えが見つかるかもしれないが、動くのは面倒だた。 「じゃあ三が日ってことで次は1月4日登校にするか」 「先生もいないしね」  遥は晶を振り返り、 「それじゃあ、よいお年を」  牧歌的なその言葉は荒れた教室に不釣り合いで、二人してなんとなく笑い合った。 それが彼女の最後だった。 1月4日、晶が学校にこなかった。 「あけましておめでとう」  誰もいない教室で、遥は少しだけ泣いた。
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